シネプレイ インタビュー①キム・ナムギルと常連漫画喫茶

シネプレイ_インタビュー①の方もなんとか日本語に訳せました。楽しく読みながらだったので、従来よりも丁寧に訳出できた気がしていますが、それでも、十分に意をとらえていない部分は、どうか、ご容赦ください。


ナムギルさんが通っている漫画喫茶はヨンインにあるようですね。お住まいが数年前と変わっていなければ盆唐と思いますけど、地図でみると、家の近くの漫画喫茶ということになるようです。住まいの場所は、もちろん、ご本人が明かすはずはないのですが、『無頼漢 渇いた罪』に関するインタビューで、オ・スンウク監督が、何気に「ナムギルさんが盆唐区の自宅から自分の家まで車を運転してきた」という意味のことを書いていたように記憶しています。


2年ほどは一人暮らしをしていたと語っていますが、公益中、自転車通勤していたのは、その一人暮らしの住まいからだったのかも知れません。役所の方たちを家に招いていたのをどこかで読んだように思います。でも、今、暮らしているという部屋は、私の部屋とよく似ています。私もパソコンに疲れると、そのまま、後ろのベッドにしょっちゅうひっくり返ってますから(笑)。いえ、私は庶民だからいいんですけど、ナムギルさんの場合、ほんとに、スターっ気がなさすぎます。


『名不虚伝(原題)』13話で、ヨンギョンから皿洗いをさせられている姿が堂に入ってますが、なるほど、6か月間、大量の皿洗いを経験したことはちゃんと演技に生きています。また、料理は、『暴風前夜』のために習ったと思っていたのですが、それ以前に、かなり出来ていたということですね。


ナムギルさんのインタビューを読みながら、いつも感心することですが、過去のことをよく覚えていますね。「よく忘れる」なんて、ボンタクでなく、ポン(嘘)タクです(笑)



チョン・シウ Aroom

キム・ナムギルと彼の「常連漫画喫茶」で語り合った話①


シネプレイ

2018. 6. 21. 15:15


https://m.blog.naver.com/cine_play/221303724515


A room」は <Actor's room> つまり 、< 俳優の部屋 > を意味します 。 「キャラクターにのめり込んで生きる」俳優が自分に帰る時間を聞こうとするのが、このインタビュー企画の核心です。俳優の顔の代わりに彼の空間が含まれます。作品の話よりは、俳優の考えを聞いてみようとします。



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シジェスエンターテイメント提供


「私を象徴することができる空間や物ですか?」質問を受けたキム・ナムギルから回答が舞い込んだのは一週間後だった。サッカー場や漫画喫茶をよく訪れるというキム・ナムギルは自身が直接撮影した日常の痕跡を送ってきたが、注意深く見ながら、1枚の画像で大笑いした。 テーブルの上にぽつんと置かれている「ご飯と海苔」の正体は何。 一部始終を聞いてみると、彼が最も愛するメニューだそうだ。最近ご飯本来の味にすっぽりはまっていると。いつも感じるのだが、キム・ナムギルは予想していなかった部分で「フッ」と入ってきて、相手を武装解除させる能力がある。肩に力を入れない特有の親近感。もちろん、これはキム・ナムギルの魅力の神髄ではないことは知っている。ユーモアに覆われた言葉の中に確固とした自分の主観と所信を込めるのがキム・ナムギルであることを何度かの出会いを通して確認していたからである。ユーモアを知る人、限りなく軽い振りをするが実は慎重なる人、配慮が身についた人、不正を見ると憤然とするような人、主流のフレームに全く閉じ込められたくない人、誰かを傷つけることを恐れて戦々恐々としたりする人。それがキム・ナムギルであり、今回の出会いを通しても確認した。


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漫画喫茶、お菓子を口にしながら漫画に心酔していたキム・ナムギルの痕跡


1。 キム・ナムギル、 常連漫画喫茶


PM 02:00 龍仁(ヨンイン)にあるキム・ナムギルの常連漫画喫茶に行く道。「俳優が気楽に出入りできる閉鎖構造の新概念漫画喫茶か?」という想像は到着と同時に気持ちよく砕かれた。ドアを開けて入るやすぐに奇襲する香ばしい匂いと、ああ、懐かしい紙の匂い。所狭しと並べられている漫画には歳月の跡がうかがえる。最近流行っているというカフェ型漫画喫茶ではなく、思い出を呼び起こさせる漫画喫茶である。お客があまりいない静かな午後。帽子をすっぽりかぶってジャージを着た一人の男がソファに身を埋め、えびせんを噛みながら「キル、キル、キル」という漫画に没頭している。まさか?


(もじもじと近づいて)ナムギル俳優 ...

びくっとして)いらっしゃい!

危うく見違えるところでした。( 笑 )

(頭をかきながら)ウハハハ。あまりに気楽に寝転がっていましたか、ぼく?

漫画マニアの内面が感じられます。

昔から漫画喫茶が好きでした。アニメも好きですけど、ぼくは演技も漫画やアニメで勉強します。

ああ! ドラマ『善徳女王』のピダムのキャラクターも漫画からインスピレーションを受けられましたっけ?

日本の漫画『バガボンド』と韓国武侠漫画『熱血江湖(ヨリョルガンホ)』のキャラクターをたくさん参考にしました。漫画が持っている哲学がぼくは本当に好きです。キャラクターたちの滑稽な表情と豊かな表現も気に入ってます。漫画に出てくるカットを見ながらアングルの勉強もします。「このアングル、この呼吸、このフルショット ... これを映画でそのまま移し変えて撮ったらどうだろうか」いつも思います。

ユニークなアプローチですね。多くの俳優が映画からインスピレーションを得ていますよね。

真似をするのではないかと思って注意する部分はあります。実際、デビュー初期に声のトーンのために何度も指摘を受けたりもしました。アニメの声優たちの声をたくさん聞いていたら、知らないうちに声優の発声を出してたんです。ところが、ぼくは今でも演技する時の声から感じられる感性を重要視する方です。

具体的にどのようですか?

ぼくの演技が曖昧であると感じられるとき同時録音の技師に助言を求めたりします。同時録音の技師は感情の声に集中するではないですか?だから親しくなれば意見を訊いてみます。もちろん、撮影時に監督の前でそんなことをすると、同時録音の技師がともすると越権するものと誤解されかねないので、無言のサインで静かに会話を交わします。「カット」 の声が下りたら同時録音技師の表情をうかがうんです。肯定の「うなずき」信号をくれると安堵し、否定の信号を送ってくると、再び演技のトーンを直してみます。撮影、照明、扮装、衣装チームとも意見をよく交わす方です。

現場のスタッフがあなたの友人であり師匠ですね。

そういうわけです。スタッフのマンネたち(最年少の者)にも意見を訊いてみます。ぼくらは、同じ志を抱いて集まっている人たちですからね。最初は、大体「いや、ぼくがなんで ... 」と言いますけど、親しくなれば本音を率直に見せてくれます。良い話だと思うとさっさと反応します。そうすると、マンネの士気を生かせたりもします。実際、そんな意見が正確な時が多いんですよ。


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キム・ナムギルが最も愛情を注ぐ漫画、『スラムダンク』


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たびたび取り出してみるという『るろうに剣心>DVD。彼は漫画で演技の勉強をする。


大切な漫画は何ですか?

『スラムダンク』。本物の名作です。 チョン・デマンがオヤジ(バスケットボール部、アン先生)の前で「しく... しく ... バスケがしたいです ... 」と嗚咽するのが、まるで 「演技がとてもしたい」という感じです。そんな感性がとても好きです。

チョン・デマンのキャラクターがお好きですよね。私はユン・デヒョプのファンですが。(笑)

好きなキャラクターはカン・ペコです。ぼくは天才的なやつよりも発展していくキャラクターに惹かれます。負傷したカン・ペコが出場を引き止めるオヤジに叫んだ言葉もかっこいいです。「オヤジの栄光の時代はいつでしたか?国家代表だった時でしたか? おれは、今、です!」うわ~あ。

受けて聞きたいです。あなたの栄光の時代はいつでありたいですか?

ハハ。そうですねえ。個人的には「韜光養晦自身を現さず、時を待って実力を養う )」 という漢字成語が好きです。実力であれ、理性であれ、着々と積み重ねていくといつか良い手応えを呼び起こす時があるのではないかと思うんです。


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龍仁(ヨンイン)にある、キム・ナムギルの常連漫画喫茶


そういえばキム・ナムギルはカン・ペコに似ている。おしゃべりだし、イタズラ好きで、フレンドリー、一晩中くだらない冗談もやりとりできるような近所の友達のような男性。しかし、目標にするもの(バスケットボール/演技)については欲をことさらに隠さず全力を尽くして疾走する勝負師気質が光るキャラクター。カン・ペコの左手のようにキム・ナムギルには「ユーモアはただ添えられているだけ」である。


漫画を原作にした映画が多いです。もしかして、実写で演じてみたい漫画はありますか?

たくさんあります。特にやってみたいものは『るろうに剣心(韓国題名:風の剣心)』。日本で同名の映画で作られたりしたんです。アニメを実写に移すのは本当に難しいのに『るろうに剣心』はほんとうに良かった。 実際、以前、『るろうに剣心』の版権を買おうと、日本に問合せをしました。韓国の歴史に合わせて脚色し作ってみたら面白いだろうと思ったんです。ところが、売らないと言われたんです。残念だった記憶があります。

キャラクターのインスピレーションも受け、シーンのアイデアも得て、映画化を考えることまで ... 聞いてみると、あなたにとって漫画喫茶は一種の「創作空間」ですね。

そういう面があります。

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「ジャージマニア」であるキム・ナムギルは、この日、上下セットの青色トレーニング服を着て出てきた


とにかく、やはり ジャージですね 。「ジャージ マニア」という話を聞いて、今日、どんな服を着て来るのか、内心期待していました。(笑)

服のほとんどがジャージです。季節ごとにジャージが具備されていますが、夏が最も曖昧です。

どうしてですか? 「さま」にならない?

そうです!(笑) 身体がよければ、半袖の白いTシャツを一つ着ても感じが生きるが、ぼくはガリガリなのでさらに細く見えます。 ハハハ。

そんなことないです。何と言うか ... 「フィット(Fit)」 が生きていますか?

「フィット」にはそれなりに気を使うんです。(笑) もしかして、ご存じですか?ジャージにもファッションがあるということ。ぼくはブランドは知りません。だから、ブランドショップを通る時は淡々としています。代わりにスポーツ用品店を見ると足が止まります。(笑)あまりにもジャージ礼賛を並べるので、インタビューの時「ジャージを上手に着るこつ」を聞いてくる記者の方もおられます。では、詳しく説明して差し上げます。下は一寸小さめに着てこそ「フィット」感がいいです。 膝が出ないようにするには長く座らない等々。(一同笑い)

あなたにとってジャージは楽な服というより、個性の一部という感じですね。

はい 。 もうシグネチャ(signature)の感じで受け入れてくださる方々が多いです。 以前は、ジャージのため、女優に誤解されたことが山ほどもあります。ジャージを着て現れたぼくを見て、密かに「この子何なの?私を無視するのか?」だったそうです。(笑)十分にありえます。だから、それからは、「誤解しないでください。ぼくが相手を無視しているのではなく、本当に服はジャージしかないんです〜」と話したところ、ある瞬間からは、そのような話をする必要がなくなりました。先に笑いながら「聞きましたよ。ナムギルさんはジャージを着て通っていること。誤解しないから心配しないでね」ということです。(一同笑い)

本当にシグネチャになったんですね。

ぼくは過去に事故で肩と膝の手術をしました。故障したところが多くなってみると、きちんとした服を着ると身体が大変です。最初はリハビリのためにジャージを着たのに、それが意図していない方向に発展したんです。ぼくが、また、運動がすごく好きなのでそんなこともあります。

中学校の時 陸上選手でしたか?

学校に短距離陸上部が正式にあったのではありません。ところが、ぼくが走るのが早かったので競技に選ばれて出たりしました。1等になったこともあります。そうしたら、高校でスカウトのオファーも入ってきて。(笑)記録ですか? 非公式記録で 100m 119が出ました。しかし、それは公式の 100m トラックより少し短かかったんです。

そうだとしても、すごいですね。悪役を演じた『殺人者の記憶法』でソリョンさんが演じたウニを追撃する映像がインターネットに出回っているんですよ。速度が速くて歩幅がものすごいからか、「ソリョン、本当に怖かっただろう」 というネチズンのコメントが ... (笑)

ハハハ。ぼくも見ました。最近撮影した『奇妙な家族』(後半公開予定)でも、ぼくが走り回っているシーンがあります。スタッフがぼくを見てやたら笑うんです。一人で高速で走るみたいと。

運動のDNA は誰から受け継いだものですか?

父がバスケット選手出身です。大学までバスケットしてましたけど、その影響ではないかと思います。


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早朝サッカーを通して親しくなったサッカー選手キム・ドンジン-チョ・ジェジンからプレゼントされた国家代表選手のバッグ。

一時、あまりにも熱心に通いつめたので、サッカー選手と誤解されたという


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サッカー場のキム・ナムギル。服装とポーズは間違いなくサッカー選手


しかし、運動はバスケットよりもサッカーでしょう? 有名なサッカーマニアです。サッカーは今でもよくしますか?

週に一、二度 、 近所の早朝サッカーに出かけます。たまに、夜、練習に一人で出かけることもあります。人々が「おまえが選手をしているのでもないのに、なんで、そんなに熱心にするのか」と言われるんですが ...

言われるけど?

時々、演技よりサッカーの方を上手くやりたい欲望も感じます。(一同笑い)

攻撃型サッカーを駆使しますか、守備型サッカーを駆使しますか。

攻撃型です。ウイングフォワード。

演技ではどうですか。やり取りする演技において、あなたは投げる方だと感じますか、レシーブしていると感じる方ですか。

演技する時は「ミッドフィルダー」を追求しようとします。ミッドフィルダーは攻撃と守備の中でボールを配球せねばならないポジションですが、演技もそれと同じと感じるんです。特に演技経験がない人に会うと、たくさん受けてもらうようにします。 相手の俳優が目立たないといけないシーンでもそうです。分かりきった発言になってしまいますが、アンサンブルが本当に重要なんです。

欲を出さないで、全体像を見るというのは実際、容易ではないでしょう。

それは俳優自身にもよくないことはわかっています。作品全体がよく見えると、その中にいるキャラクターも見えるのか、一人で目立とうとした作品も一緒に崩れる恐れがあります。欲が全くないというのは嘘になりますが、うんと自制しようとする方です。そのためか、親しいスタッフが時々こう言います。「お前は少し利己的にする必要がある。配慮しすぎて、合わせようとするな」というんです。

このような姿は天性ですか、後天的な努力ですか。

天性でもあるし、先輩たちの影響でもあります。 若い頃に出会った(ソル)ギョング兄、(チョン)ジェヨン兄、(キム)ヘス姉に学んだのはそんな姿勢なんです。そして、本当にセンスがあり、賢い俳優たちはどうすればそのシーンを自分のものとすることができるかを知っています。作品のために呼吸を重視し、相手に合わせてあげることだけです。それを知らないような俳優の前で利己的に目立とうとしていては期待できないですよ。

例えば、どんな ...

編集ポイント自体でカットが相手に戻ることができなくて、自分から終わり得ることもありますからね。


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シグネチャアイテム、ジャージ。季節の色別、用途別に備えができている


もう少し楽に会話をするために近くのコーヒーショップに席を移すことにした。漫画喫茶を出て、自然光の下に立とうとすると、太陽の光を存分に吸収したキム・ナムギルのジャージが初めてその威容を発揮する。「ジャージにもファッションがある」というキム・ナムギルの言葉をしばし振り返ってみる。


MBC 31期(2003年)公開採用タレントになる前、劇団にいらっしゃいましたよね?劇団から放送局に目を向けたのはどのような目的を持った行動でしたか。

その頃、ぼくは舞台芸術に夢中になっている人間でした。演技するということ自体がひたすら幸せだったので、放送媒体に大きな意味があったのではないのです。ところが先輩たちが「きみはまだ若いから、人々が多い媒体に行って、より多くのことを経験してみるのは助けになるだろう」と言って、願書を代わりに出してくれたんです。そうして、他の放送局は落ち、MBCに合格しました。 その時はお金を稼ぐとか、有名になりたいとかの概念はありませんでした 。人々が気づいてくれさえすれば俳優なのか? 知られていなくても演技をしているから俳優ではないのか?」 という考えを度々持ちますが、ぼくは知られていない時も、ぼくは「俳優」と思いながら演技をしました。

俳優としての自意識が強いですね。

だから最近そうですね。 周囲から「俳優が夢ではなかったんですか?」「そうです」「夢を実現されましたね?」そんな会話をしてみると、時々、言葉に窮します。「望んでいたことをしているのに、なぜ何が物足りないのか?なぜ孤独なのか?」なんてことになってますから。うーん ... 夢見ていたことを仕事にしながら、ぼくの中から来る何か葛藤があるのではないかと思います。夢見ていたことをしていていいんだけど、現実的に妥協しなければならないものがあり、だからと言って、あきらめることはできないものがぼくの中でぶつかっているんです。

望まなくても、せねばならないことがありますよね。望んでいてもできないこともあります。

ええ。 ぼくは「明日にでもすぐに演技ができなくなったらどうしよう。年老いた両親もいるのに、ぼくに何ができるのか」とよく考えます。そうすると、「あれこれと選り好みしないで、とりあえず、お金を蓄えておくべきか?」いろんなことを考えてしまいます。ところが、いざ作品が入ってくると、また、すごく悩みます。何でもはしたくないのです。

放送局生活はどうでしたか? 公採で入ったと言っても、すぐに重要な配役を獲得できるのではないでしょう?

公採契約期間が2年でした。2年間、放送局に通勤しながらコーヒーを入れたり、電話も取ったり、単発ドラマの端役で出演しながら過ごしたんです。その時間がぼくには本当に充実していました。演技以外の雑多なこともたくさんしましたけど、時間があるとドラマ局に行って助監督たちと付き合ったりしました。放送局を歩き回りながら、「何をしてるんですか?」と言いながら、訳もなく口を出して、「タバコでも一服しましょう」と言いながら、監督たちと顔見知りになったりもしました。だから、公採契約が終わり、他の放送局に行ってオーディションを受けるとき、ぼくはあまり緊張しませんでした。放送局という空間に慣れていたんです。

2009年 『善徳女王』で大衆的に広く知られるようになるまで、6年はあなたにとって、どんな時間でしたか。

『後悔なんてしない』、『カン・チョルジュン公共の敵 1-1』、『モダンボーイ』などに出合って映画が持っている魅力に気づいて行った時間です。キム・ウンスク作家の『恋人』、ノ・ヒギョン先生の『グッバイソロ』など、優れた作家たちとも仕事をしていた時間です。本当に多くのことをしました。やってみたいことも多かったんです。「ソル・ギョングとやるって?うわ !」「 チョン・ジェヨンと? やった〜!」毎瞬間が大切で毎時間があふれるばかりでした。

ああ ... 私はなぜ、その時間が俳優として大変だったろうと今まで推測してたのか。自分を恥ずかしくさせる回答です。

(笑)その時は本当に一日一日一を懸命に生きていたと思います。未熟だったので、さらにそうだったんですが、情熱もすごかったです。そうするうちに、『善徳女王』 に出合って途方もない愛を受けましたけど、意外にすごく落ち着いていました。人は急に大きすぎるものを得ると間違いやすいではないですか?ところが、降り注ぐ関心と視線の中で、それなりに振り回されはしませんでした。 6 年の間に大きな人気を得ることはなかったけど、それでもいくつかのキャラクターを経て、ここの生理を知ったんです。浮かれていることは明らかにあるのはありましたけど、そのうちにこの人気が冷めるだろうということも非常によくわかっていたのです。それから、ピークになってすぐに公益へ行って ... (笑)目が覚めるや、国から 「こちらへ来なさい!」「あ、ぼくですか? みんな、さよなら〜!」でしたから。(一座爆笑)そうして、ブランクが生じて「過去の栄光に浸らないで、恥ずかしくないよう、ちゃんと降りて行こう」と考えていたと思います。

なんと、あまりにも早く分別がついたんですね。

だから、過ぎてしまうと、そうですね。「その頃は、むしろ、もっと楽しんだり、もっと分別がなかったら、どうだったでしょうか。あまりにも成熟しようとしなかったら、他の方にもっと発展しなかったか」と時々考えたりします。

そして、すでに降りて行こうと考えているのは、早いですよ。

そうですね。商業的にはよく分かりませんけど、俳優としてはまだお見せするものは多いです。

観客としてあなたの演技に感嘆した映画は、チョン・ジェゴンを演じた『無頼漢 渇いた罪』です。寂し気に見える後ろ姿が特に印象的でした。「ああ、後ろ姿でも表情が読まれるんだ」と驚いた記憶があります。

『無頼漢 渇いた罪』は、ぼくの俳優生活の転機となった作品です。良いキャラクターと良い同僚たちに出会い、もうちょっとぼくの演技について深く悩んでいた時間でした。ぼくは作品を通して成長するタイプですが、『無頼漢渇いた罪』を撮りながら、ぼくの価値観が大きく変わったりしました。


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7年を共にした、手足が短くかわいい伴侶猫タムタム。


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14年を共にしたハルとモル。最近、ハルはこの世を去った。


あなたは、 文化芸術 NGO 団体 「ギルストーリー」の首長でもあります。「ロード(road)」、 道(キル)という意味ですよね。 あなたの名前にも「キル(道)」が入っていることもありますね。 今日は意を決してギルストーリーについて聞きたいのですが、まだ、ギルストーリーの活動を積極的に知らせるのはきまりが悪いですか?関連の仕事については、「イベントに見えるかを見て慎重にしている」とかで、話題をいつも変えたりされてましたけど。

名前が知られている立場なので、何か一つをする際にも真正性について疑問を受け得るだろうと思って慎重にします。ぼく一人ですることであれば大丈夫です。しかし、ギルストーリーは志が合う人々が集まった団体なんです。ぼくのために一緒に働く人々の真正性が毀損されたり、イベント的に見えるのではないかと心配することがあります。だから、一部でも広報を渋っていることがあります。

なぜ、「良い影響」があるのではないですか? 良いことは知られてもよいという意見もありますが。

いつも話すことですが、ぼくがいい人なので意味のあることをやっているのでは決してないんですよ。ある人がいい人なのか悪い人なのかは相対的なものであるはずなのに、ぼくも誰かには悪い人であったりします。ぼくの意図とは違って傷を与えたりしたはずですから。ただし、それでも意味のあることをしながら努力すれば変わることができるのが人間だと信じているのです。

人に対する信頼があるのですね。

はい。ギルストーリー も人々の認識を変えるキャンペーンです。実際、ものすごく単純なことなんです。今、準備しているのは、「バスの案内放送」です。地方の山里に行くと、バスの案内放送が出ないところがしばしばあります。なので、村のおじいさんやおばあさんの声を直接録音して停留所を紹介しようとしています。その方たちが村に感じる愛情や、自慢に値するものを込めるつもりです。外地から来た旅行者への情報提供の面でも良くないかと考えて準備中のキャンペーンです。

小さいけどとても温かいですね。見逃しやすい部分ですが、本当に必要なことですね。

ギルストーリーのスローガンが 「小さくても偉大な動き」なんですよ。短編映画支援事業も準備しています。やはり、ぼくが俳優なので、こちらに関心を持つ方々が、挫折せずに、着実に夢を継続する方法を考えるようになりました。制作支援もしてあげて有名人とともにする観客との対話も連携しながら、若い監督たちを外に引き出す作業ですが、(ハン)ジェドク兄(サナイピクチャーズ代表)、(チョン)ウソン兄、(チョン)ドヨン姉、(ユ)ジテ兄、(ファン)ジョンミン兄も意志を集めた状況です。ヒョンやヌナたちもそちらの部分に関心が高いんですよ。ぼくがこんなことを計画しているので「一緒にやるから、そしたら、きみが一度準備してみなさい」とおっしゃってるんです。それがもう 1 年以上前ですけど、思ったより難しいです。今、関連プログラムを作ったり消したりしているところです。

ふと、こんなことを考えてみました。キム・ナムギルの死後、映画に描かれていないキム・ナムギルの切れ端映像が発見されて、それが一般に公開されればどうかという。あなたは嬉しいですか?その編集本は、あなたがこの世に知られたくない演技であることもありえますが?

うん。 死後にぼくのプライベート映像が公開されても良いという立場です。永遠に記憶されたい熱望というか ... インタビューで何度か話したんですけど、ぼくは遺作についてロマンがあります。狂ったように没頭して作品を撮ったが、事故であれ、何であれ、いくつかの理由でそれが遺作になると、人々はぼくの話にもうちょっと深く耳を傾けてくれるのではないか、と考えていたのです。ああ、心配しないでください。俳優として代替不可能なキャラクターをお見せしたい気持ちの表出と考えていただければ嬉しいです。

遺作についてのロマンには、青春の顔として記憶されたい願望もありますか。最も美しい瞬間で立ち止まって不滅になったジェームズ・ディーンのようにということです。

若いときは、早く歳をとって重厚感を表現したいという思いが強かったんです。最近は、鏡を見ると、やるせなくなる時がありますけどね。(笑)もう少しきれいな時期を記録されたい願望は誰にでもあるのではないかと思います。しかし、遺作についてのぼくのロマンは青春よりは演技に対する喉の渇きにもっと近いです。

そのような演技の道が自分の道に間違いないか、悩んだことはなかったですか。

演劇をしているとき、鉄板料理専門店で皿洗いのバイトを6ヶ月しました。商売がとても好調な場所だったので器が絶え間なく積もりました。とても大変なので、みんな、23ヶ月もたないで辞めるんですが、ぼくは 6 ヶ月も頑張ったので、社長が 「おまえ、それはやめて、おれに料理を習わないか?」とおっしゃったんです。そのとき、キッチン仕事をしながら料理をかなり習いました。その技術で、それから、カンビョンのテクノマートの飲食店で補助シェフをしました。演劇では収入はいくらもないですから、仕事を地道に並行したんです。その頃、「自分の夢に向かって進むのは贅沢なのか」という考えを随分していたようです。家の責任を負う義務があったのではないのに、ぼくがしたいことをすると、両親を助けてあげられないのが心にずっと引っかかっていたんです。


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アナログ型人間というキム・ナムギルは原稿用紙に鉛筆でこつこつと書くことを好む。鉛筆のきしきしという音がとても良い。トイレットペーパーはペンケースの代用。この男、何かを取り揃えて生きるタイプではない。


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最近「ご飯」本来の味にはまっているキム・ナムギル。

海苔さえあればご飯一椀をさっさと


ご両親と一緒にお住まいでしょう? インタビューでご両親の話をいつの間にかしているのを見ました。何と言うか。長男としての何か責任感が感じられます。

なくはないと思います。 ところが、今はただ両親と一緒にいるのがいいです。両親もますます弱っていくだろうし ... 一緒にいられる時間は非常に多くはないでしょう? 両親が歳を取った子どものためにまだ出来ることが多いことをわざと見せたりしています。知っているのに、訳もなく「オンマ、靴下どこ?」「オンマ、Tシャツは?」なんて。 あ、これを知ると、寂しがるかな?

娘のような息子ですね。男性は歳を取ると、自分だけの空間に対する愛着が強くなると聞きましたが、独立について考えてみられたことはないですか?

そういうときはあります。家で完全に 「自分だけの空間」と言える場所は自分の部屋一つです。ありきたりです。部屋は広くなくて、机に座ってコンピュータをしてる途中で後ろで横になればすぐにベッドがぴたり。(笑)そんなものにあまり考えもしないで暮らしてますけど、時々一人で暮らす俳優の家に遊びに行くとうらやましいです。それどころか、ぼくは音楽の音にも気をつけてるんです。音楽を大きく流しておくと、すぐに部屋の外から「(両親)うるさい〜!」「(ぴくっとしてナムギル)は~い〜」ですから。(一同笑い)夜、ビデオを観ていて、いやらしいシーンが出ると、訳もなく、あたふたと声を殺して。(再び爆笑)そんな映画ではないのに。

より大きな想像を呼び起こすのがまた音なので、汗はかなり流れますよね。(笑)

実際、独立して、2 年間、一人で暮らしてみたことがあります。 9 年前だったから、血気旺盛な時でした。その頃、友人たちが一日置きに遊びに来たんです。家がめちゃくちゃになりました。それから、病気のとき、誰かが傍らにいないから、それくらい悲しいことはなかったです。独立して住む家はあるんですけどね、 半年近く両親の家に入っていました。それとともに、わかったんです。「このまま、両親と一緒に暮らさないと」

あなたを息苦しくさせるものがあるとすれば?

ぼくをぼくとして生きられないように自制させるもの。 時々どこに弾けるかわからない人生を生きたい時があります。

そのためには「他人を意識しない」あるいは 「嫌われる勇気」が必要ではないかと思ったりもしますが。

「人は努力すれば変わることができる」という観点から、まず申し上げると、良い変化にぼくが役に立てるだろうという判断がつくと、憎しみを受けるも、手を差し伸べる勇気があります。ところが、それは条件的であるから。それから、俳優は、やはり、自分一人ではなく、作品と直接連結されることが多いでしょう。誰かに嫌われてまで自由に生きるのは容易ではないと思います。また、韓国は有名人に対する道徳的な物差しが強いでしょう。

あなたの築いてきたものが名誉であり、24時間監視カメラが作動している刑務所でもある世界です。

人々がぼくをどう思うかについて、考えるので、言いたいことや行動をよりできなくなることもあります。ぼくは、自分が随分と降りてきたと思っていたけど、過ぎてみると、降りるのではなく、「我慢していたんだ」という気がしたりするんです。

「我慢していたんだ」と。

自分の好きなことをしながら、どこかに行ってご飯を一度買える程度のお金を稼いだら感謝することと考えます。しかし、人が持っている欲望というのは果てがありませんから。夢は大きければいいが、持っているものよりも多くのものを欲してみると、自分自身をしんどくさせるものと思うのです。 ちょうど『奇妙な家族』の撮影が忠清北道で3 ヶ月あったんですが、俗離山国立公園の近くが宿舎でした。その中に、法住寺という大きな寺院があります。ぼくは無宗教ではあるけど、3 ヶ月間、一日も欠かさず行って108拝をしました。最初は運動がてらやってたけど、やってみると、心理的にいいんですよ。自分を振り返ってみる時間でした。誰かの幸せを心から祈ってみたり、自分を苦しめるものに対して振り返ったりもして、「何もかも、おれのせいだ」と過ぎた時間を振り返り、反省したりもしました。

何もかもを自分のせいにすると、自分が消えたりするんです。

それは肯定的な意味での誓いです。 ぼく自身は、自分がコントロールすることができます。しかし、他人の考えや人生は、自分がコントロールできない領域です。ぼくが仮に記者様に傷を与えたとします。では、謝罪はできますが、だからといって、その傷まで、ぼくがきれいに治すことはできないです。誰かを自分が完全に慰めることができると信じること自体が尊大な考えです。他人の影響を絶えず受けて生きるのが人ですが、重要な瞬間を決定するのは最終的に自分です。他人のせいにするより、自分を振り返ってみるのがさらに有益であると考える理由です。


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ファンにプレゼントされたギブソンのギター。ギターを習ったのかどうか、7年。イ・ソラとトイの歌を好んで歌う


このような話、同僚たちとよく交わしますか。

同じことをする人たちのため、何か、悩みを話したときにより理解してもらえるかもしれないが、逆に同じことをする人なので、話をするのがより困難なことも多いです。しかし、あえて悩みを話さなくても、存在だけで力になる先輩たちがぼくにはいます。

自分に対する信頼が大きいと思われますか。

信頼はないです。そうあろうと努力してます。この言葉にすごく共感します。「笑うと世界が共に笑う。しかし、泣くと、きみだけが泣く」という言葉。実際、沈もうとすると根も葉もなく消え失せる可能性があるのがぼくという人間ですが、すぐに攻めて上がってくるのもぼくです。幸いなことに、またよく忘れるタイプであるから。(笑)

昨年一年、『ワン・デイ 悲しみが消えるまで』、『殺人者の記憶法』、ドラマ『名不虚伝(原題)』などで観客にたゆまず会ったせいか、今年は比較的活動が遠のいているという感じがあります。『奇妙な家族』の撮影後、今年の計画はまだですか?

上半期は少し 「休んで行こう」というタイミングです。最近、演技に対する楽しみがぐんと大きくなりました。なので、あれこれやってみたいんですが、しばらく立ち止まって考えを整理する必要があるだろうという気がしました。だから、自意半、他意半で休息期を送っていますが、また休んでみると、身体がむずむずしています。近いうちにニュースを聞かせてあげられないかと思います。

キム・ナムギルの30代を振り返ってみると、どうだったと思いますか。中間評価してみると?

20代は夢中で過ごしました。 30代の多くの時間は右往左往していたようです。是非に関する悩み、人間関係についての悩み、自分についての悩みが本当に多かったです。過渡期がなかったかと思います。40代には、このような悩みの時間を過ぎて、 何か、もっと強くなってないだろうかという期待があります。


彼と別れてソウルに帰ってくる車の中で私は少し奇妙な感情に陥った。本当にたくさんの話をしたと思ったが、何か重要なことを見逃しているような感じ ... この日の会話を復碁しながら、その理由が、「是非に関する悩み、人間関係についての悩み、自分についての悩みが本当に多い時期」を過ぎているというキム・ナムギルの悩みをもっと深く理解できないで帰るのではないかという後悔からであることを知った。後悔を挽回する機会は思ったより早く訪れた。キム・ナムギルは自分のスペースに『無頼漢 渇いた罪』の製作会社である 「サナイピクチャーズの事務所」も言及していたが、インタビューの翌日、そこで無頼漢チームの出会いがあったからだ。『無頼漢渇いた罪』を作ったサナイピクチャーズのハン・ジェドク代表と、チョン・ドヨンが快く記者の訪問に同意してくれたおかげで、私はキム・ナムギルと別れてから19時間後に再び彼と向き合うことができた。まだ解けなかったキム・ナムギルのパズルのピースを彼の同僚を通して聞いてみた。


チョン・シウ/映画ジャーナリスト


Commented by kurikuri at 2018-07-04 20:31 x
おまさぼうさま こんばんは

私の所にも会報誌発送早々に着きました。Vol.7にもなったと今更ながら気がつきました。とするとクラブ発足から1年に2冊のときもあったのでしょうか。何か記事がないかと過去記事を拝読させていただきました。Vol.1はさすがに若い。ひよっこペンの私も今年で3冊目です。ちょっと引っ張り出して読んでみました。もうVol.5のときは表紙は爆笑でした。まさかのギター、7年もの月日が流れて、目にしたのは舞浜だけ。あれ貴重なシーンですね。そして映画の紹介は「無頼漢」韓国語講座も無頼漢。当時私の一番のヒットは太鼓の達人に夢中のナムギルさんです(笑)そして毎回ファンミの写真でリハのシーンが好きです。Vol2~4ってどんな表紙で内容なんだろう。表紙を眺め、内容を見て今回のインタビュー記事を読むのもまた違った楽しみ方でした。
Commented by omasa-beu at 2018-07-05 10:00
kurikuriさま、おはようございます。

コメントをありがとうございます。さすがです。おっしゃるとおり、会報は、Gilveotの運営が今のフラウさんに変わってから、年に一回になりました。それだけに、余計、待ち遠しい気がします。爆笑された表紙って? 引っ張り出して確認しましたよ。ついでに、太鼓の達人の話も記憶からは飛んでたので再確認。今回、ファンミのステージショットが多いのは嬉しいけど、オフショットが足りないです。vol. 1の表紙は、私がアップしてましたか? 今回もアップしてるけど、基本的に、公式関係のものはファンクラブ限定みたいな気がするので、あんまり記事にしてないかも知れないです。vol. 1~4は、いずれ、機会があれば、お持ちしますね。
Commented by kurikuri at 2018-07-05 18:42 x
おまさぼうさま

再びすみません。連投です。インタビューの記事を訳していただきありがとうございます。翻訳機で読んだのですが、細かいところは分からず、拝読させていただきすっきりしました。Vol1の記事の写真は当時のナムギルさんの様子だと思います。私も今回はオフショットが少ないのが寂しかったです。インタビューで自分の部屋に触れていましたが、Vol5の直筆アンサーで「リフォームするなら」の質問に「俳優の部屋らしく。小さすぎて学生の部屋みたいなので、映画、音楽、娯楽とか僕だけの空間でやりたいことを思いっきりできるようにしたい」で、まだ実現できていないのですね。音量に気を遣い、満喫に出かけ、一人カラオケを楽しんでいるのかな。来週はお楽しみの上映会(心斎橋)ですね。また、新たな台風が接近しているのが気になります。
Commented by omasa-beu at 2018-07-05 21:19
kurikuriさま

いえいえ、何度でも、歓迎です。こちらこそ、お読みいただき、ありがとうございます。
今夜は大雨の影響が心配されます。何年か前、雨の音がこんなに怖いものかと初めて感じたのを思い出します。大難小難、大難小難と唱えるしかないです。

ナムギルさんは独立して暮らす家も持っているんですから、その気になれば、自分の意に添った暮らしもできるんでしょうけど、トイレットペーパーをペン立て代わりにする人ですから、演技以外のことにこだわりはないんでしょうね。
Commented at 2018-07-06 09:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by omasa-beu at 2018-07-06 16:38
鍵コメさま、こんにちは。

お見舞いいただき、ありがとうございます。
同じ区内の他の学区対象ですけど、避難準備・高齢者等避難開始発令が緊急速報で入ってきますのでびっくりします。先ほど、スーパーに行ったら、周りで一斉に速報の警告が鳴ってました。
でも、おかげさまで、うちの辺りはそんなにひどい降りではないので、なんとか、大事にならないよう願っています。

『天命の城』は私も観たいと思っていますが・・
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by omasa-beu | 2018-07-04 01:51 | キム・ナムギル(2018) | Comments(6)

♪♪Kim Nam Gil Forever♪♪ 韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆


by omasa-beu
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