『ワンデイ』キム・ナムギル インタビュー②「お喋りなキム・ナムギル」

ギルロスの今日この頃、皆さまはいかがお過ごしですか。先ごろ、「第54回百想芸術大賞」のノミネートが発表されましたが、『殺人者の記憶法』も『名不虚伝』も、どの部門にも名前が挙がっていないという寂しさです。選ぶのは人ですから、審査員の眼に適わなかったと思うしかないですね。


http://www.wowkorea.jp/news/enter/2018/0406/10210299.html


一方、嬉しいニュースとしては、『殺人者の記憶法』韓国版ブルーレイが4月20日に発売とのこと。本編+監督版の2Discが入っているのが魅力です。当分は、この作品をはじめ、過去作品を観ながら過ごすことになりそうです。


[インタビュー②] "コ・ヒョンジョン母さん、どうしてる?会いたい!」お喋りキム・ナムギル


[日刊スポーツ]入力2017-04-0809:02


http://news.jtbc.joins.com/article/article.aspx?news_id=NB11451408


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※インタビュー①から続きます。


- 『パンドラ』に続き『ある日』も節制された涙のシーンが光っている。


『パンドラ』は、個人、人間についての考察と悩みが込められた涙だった。その男は最初からそんなことができるやつではなかった。家族のために身を投じたため恐怖感が大きいだろうと思った。しかし、演技をしながら、ぼくが持っている限界にぶつかり、その未熟さに自分自身すごくもどかしかった。


- 『ある日』は少し違ったのか。


「少なくとも怖くはなかった。同じ涙でも『ある日』は漠然と犠牲的な部分だけを考えたというよりは、それでも人間だから、新しい出発ということをしたくて、心の重荷を減らしてしまいたいという考えをしたのだと分析した。暴発しても声を出して泣くよりは両手をぴったりと合わせ、すまないという感情が出る痛ましさを表現したかった。


- どのような演技がより大変だったか。


両方ともに気が重くはあった。『ある日』は、カメラを4台回したし、『パンドラ』は6台を回したが本当に気が重かった(笑)。ただ、『ある日』は時間的余裕がもう少し足りなかった。日が沈む時間に合わせて撮らねばならなかったので、瞬間の感情に集中した。


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- 実際には涙は多い方か。


ぼくは一人では泣かないタイプだ。泣きたくても我慢する。感情的に楽になりたいと思うことはあっても、涙で解消されない。


- フィルモグラフィーを見ると、憂愁に満ちた男のキャラクターが多くの持ち分を占めている。


そんな作品を中心に入って来たりもしたし、ぼくが望んだイメージでもあった。若い頃は、俳優としての地位を確立するとすれば、自分だけのロールモデルを立てがちである。何度も言及しているが、ぼくにとってのロールモデルはチャン・チェンとトニー・レオンだった。彼らのフィルモグラフィー、演技、イメージなどをたくさん念頭に置いた。


- その間も少しずつ変化はあるようだ。


実際、ある瞬間から、わざとそんな作品とキャラクターを求めることはなかった。『パンドラ』は災難映画だと思ったのに、後半部分が感性的であり、『ある日』も同じだ。しかし、ここまでは良かったが、後半はぼくにとって慣れているシーンと言っても、できないとするには作品を放棄するのが惜しくて手放したくなかった。仕方なくやってくる仕掛けられた感性は受け入れなければならないだろうか。


- 作品とキャラクターが違うから自然と差別性も見える。


憂愁に満ちた悲しみであっても異なるほかはない。随分前のことになってしまうが、『善徳女王』や『赤と黒』の頃の感じはもうないじゃないか。表現する部分において、ポーカーフェイスもして、成熟した感情表現を代入しようとしたが、正直、一人の感情が違ってみたところでどれほど違うというのか。ぼくは、ソン・ガンホ、チェ・ミンシク、キム・ユンソク先輩でもないのに(笑)」


- 自分自身もうんざりする時があるのか​​。


当然だ。演技しながら「ぼくがこんなにうんざりしているのに、ご覧くださっている方々は、もっとうんざりしてないだろうか?」と考えたりもする。以前はこの言葉を聞くのがとても嫌だった。強迫観念があるほどだった。しかし、そのたびに周りから「おい、一人が何をどれだけ表現することができると思うのか」と言われた。スペクトルを広く深く固めながら方向性をとることがより重要であると。実際、それは正しい話だが、一、二ヶ月、練習して出来ることではないから。


- だから、時間と経験と実力が重要だという言葉が出てくるだろう。


20代の頃は「男優は30歳からだ」という話を聞いたし、30代になってからは「男優は40歳からだ」と言う。言葉がずっと変わる。40を前にした今は、「男は5060代位になってやっと世の中が眼に見える。きみは人生の何を知っている」と言う。「何だろ?」と思っても、変化する自分に対する期待はあるようだ。


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- 『ある日』のガンスとミソの関係は曖昧なようで曖昧ではない。


「おそらくウフィさんがミソのキャラクターをつかむのが難しかっただろう。早熟に行くのか、あるいは、すごく幼い友だちに見えるようにするのか。元々は今よりももっと早熟な感じだったが、ウフィさんが「年代をこの辺に決めた」と言うので、そこに合わせてみた。そうしながらも「これでいいのか?間違っているか? ぼくも溌剌とすべきか」と悩んだ。


- 呼称は「おじさん」だ。


呼称も「オッパ」「ちょっと」「ガンスさん」など、とてもバージョンが多かった。どんな呼称を使うかによって、関係性が違って見えるから。そうこうするうちに「おじさんで行こう」という言葉が出てきた。ある程度の距離感もあるようであり、歳の差も感じられるという理由だった。


- メロがなくて物足りなくはないか。


「もともとはちょっとあった。監督も悩み続けてられたが、メロまで入れると物語の中心が他の方向に行くようだと結論を下した。メロのように見えうるシーンもそう見えないように努力した。『善徳女王』の時と似ている。劇中、(コ)ヒョンジョン姉はとにかくぼくのオンマではないか。台本を受け取ると、カッコに「絶対メロのように見えないようにしてください」という地の文が必ず書いてあった。ところで、オンマは、最近、どうしているのか。会いたいね。会いたいよ、オンマ!(笑)


- 直接会ったチョン・ウフィはどんな俳優か。


「女優はこういうのがある。やさしいもてなしをしてあげねばならない?これ、うまく言わないといけないんだけど。ハハ。現場で「きれい、きれい」を望む俳優たちがいる。ところが、ウフィは全然。むしろ本人がそのようなことを嫌がっている。現場にジャージを着てくるのを見ると、言うまでもない。女優たちはセンスが優れていてもいなくても、どんなに飾り立てなくても、シャツにジーンズ程度は着る。ところが、ジャージを着る女優はぼくも初めて見た。新鮮だったし、同質感が感じられた。ぼくも毎日ジャージばかり着ているから。ハハ。


- エネルギーが人並みはずれた俳優のように見える。


「小柄な身体から出てくる強いエネルギーがある。最初はいたずらもたくさんした。現場に来て、「オッパ!」と呼ばれると、「来たの?ところで、きみはどこにいるの?」と言いながらウフィの頭の上で首をキョロキョロと見回した。そうして下を見て「おっ!ここにいたのか?」というふうにふざけた(笑)。しかし、たまにヒヤッとしたことはあった。ぱっと見ると「うわー、やー」という声が自然に出てくる。当時「コクソン」が公開した最中で人気のある時でスタッフも「コクソン」の話をたくさんした。ウフィに「石を投げてみて」と言うと、うずくまってビュービューと投げてきそうだった。 "


- 相変わらずムードメーカーだ。


ぼくはおせっかいな方なので撮影前にここにちょっと、あそこにちょっととしきりに行ったり来たりしてから「本番入ります」となると、「もう、するのか?」というタイプである。このような行動が邪魔になる俳優たちがいるかと思えば、現場の雰囲気が楽になっていいという俳優たちもいる。ウフィは全く気を使わない方だった。ただ、年上のオッパが笑わせているね?」という気持ちでよしよし~としていたが、撮影に入るとぴたっと没入していた。


- 演技の呼吸もよく合っていたようだ。


車の中で交わした台詞はすべてアドリブだった。ぼくが何を投げても毅然と受けて対処してくれた。「少し強く行ったほうがいいか?」と思ったくらいだから。今、階下でウフィもインタビューを受けているのではないか?ウフィや! オッパはきみを賞賛している。ぼくの賞賛もしてくれ!


>>インタビュー③につづく


チョ・ヨンギョン記者

写真=オーパス・ピクチャーズ


Commented by ホタル at 2018-04-12 22:06 x
おまさぼう様、インタビュー記事を訳してくださいましてありがとうございます。남길氏がどのような意図でどのように表現されようとしたのかがわかり、とても感慨深いものがあります。「어느날」の海辺でのシーンについて、カンスの心情の読み取りが私とはやや異なっていることがわかり、演じ手の意図と視聴者の感じ方は当然ながら一致しないこともあるけれど、それがまた良いのではないかと思いました。視聴者の数だけ違いがあるわけで、世に出た瞬間、監督や俳優の手を離れて作品は生きていくのだと改めて感じました。私個人としては泣くという行為が必ずしも気を楽にする方法だとは思えないのですが、泣きたくとも泣けない人にとっては些細なことで涙が溢れる私のような存在は不思議なのかもしれません。
また、「ウンザリしながら演じた」とのくだりには思わず笑ってしまいました。演じることを職業とされたゆえですね。(私のは趣味のため、幸いなことに毎回とても楽しいです。)でも、そうおっしゃりつつも一生懸命演じていらっしゃるのですし、それを観ていろいろ考えさせていただいているのは有り難いことです。このように考えられるのは訳してくださるおまさぼう様のおかげです。ありがとうございます。
Commented at 2018-04-12 22:09 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by omasa-beu at 2018-04-13 00:10
ホタルさま、こんばんは。

コメントをありがとうございます。ナムギルさんが意図しているように訳せてないかも知れないので、いえ、むしろ、そちらの方が多いかも知れないので、考えてみれば、私のようなものがこういう記事を訳すのは無謀なことです。まあ、翻訳機よりはわかりやすい程度に考えていただければ幸いです。「ウンザリ」という表現にしても、記者とナムギルさんが使っているのは、「식상함」という単語で「食傷すること」という意味が充てられていますが、私はウンザリと訳してしまいました(汗)。

歌舞伎公演で私の好きな中村吉右衛門さんの重厚なお芝居を観ていたとき、隣に座っていたこわもての年配の男性が泣いていたのです。もちろん、そういう場面ではあったのですが、私は泣けなくて、むしろ、テレビの水戸黄門のような時代劇を観ながら、ほろっと涙したりする方なので、涙ひとつにしても、感性+個人の人生経験などがない交ぜになって発生するのかも知れませんから、まさに、人それぞれですね。
Commented by omasa-beu at 2018-04-13 00:13
鍵コメさま

何よりでした。お疲れだったのかも知れないですから、余計なお世話ですが、今後も気をつけてさしあげてくださいね。私のことまで、ありがとうございます。ギルロスによる軽いうつ症以外は、今のところ、大丈夫です(笑)
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by omasa-beu | 2018-04-10 19:48 | 映画 ワン・デイ 悲しみが消えるまで | Comments(4)

♪♪Kim Nam Gil Forever♪♪ 韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆


by omasa-beu
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