『ワンデイ』キム・ナムギル インタビュー①「言葉遊び・アドリブ自主検閲」

3月のファンミが終了し、ギルロスによる心の空洞ができてしまいました。これではいけないので、過去のインタビュー記事などを見直しています。昨年4月、ワンデイが韓国で公開された時期は、日本でのファンミを前にしていたこともあり、自動翻訳の流し読みだけで終わらせていた記事がいろいろありそうです。ギルペンの皆さまは、おそらく、どこかでお読みになったかと思いますが、私自身のため、記録として残しておこうと思います。すでに何回も本編を観た後で読むインタビューは語られているシーンが眼に浮かんでくるだけによりリアルに感じられます。



[インタビュー①]『ワンデイ』キム・ナムギル「言葉遊び・アドリブ自主検閲」


[日刊スポーツ]入力2017-04-0809:02


http://news.jtbc.joins.com/article/article.aspx?news_id=NB11451407


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ここまで来ると、認める時が来た。キム・ナムギル(37)はおしゃべりだ。慎重かつ重みあふれる人物のイメージが積もり積もって現在の俳優キム・ナムギルの雰囲気が完成したが、実際に向き合ったキム・ナムギルは彼が愛されたキャラクターたちとはかなり多くの違いを見せる。


なぜか、言わねばならないこと以上は言わないように思えるし、鋭敏な性格を持っているようだが、わかってみると、口数が多く、片時も自分をそっとしておけない茶目っ気を誇る。チョン・ウフィも「オッパ、ちょっと静かにしてよ!」とたしなめたほどだから、繰り返す必要はないだろう。


公式的にお喋りを差し引いても、誰も何もしないインタビューもやはり豪放なキム・ナムギルが雰囲気をリードする。ひとつの質問にひとりで5分以上答えるのはもちろん、時折交える冗談はオプションである。コミック映画『海賊:海へ行った山賊』(イ・ソクフン監督)を選んだときは、それだけの理由があるとのことだった。


そんな彼が大衆的なイメージと実際の性格を絶妙に混ぜたようなキャラクターに出会ってひらひらと飛んだ。『ワンデイ(イ・ユンギ監督)』は、深みのある素材を愉快に生き生きと表現しようと努力した作品である。前作の『無頼漢(オスンウク監督)』と似ているようで異なる。今度はメロではなく、ヒーリングを伝える。


-久しく待たねばならなかった作品だ。どうだったか。


CGに心残りがある。ぼくたちが小さなシアターで観たのでそうなのかも知れないが、画面がちょっと暗く感じられた。映画を観ながら(チョン)ウフィとちょくちょく話をした。とくに、自分の感情演技が出るときは互いに心配になったのか、「おかしくないかい?」と尋ねた(笑)。ところが、ウフィはすごく声をかけてきて「ちょっと静かにして!オッバのも集中して観ないと」と一言、言ったりはした。ハハ。


- 満足できなかったということか。


いつものように、個人的に足りないものが感じられるのだ。商業的に作ってみたかったし、観客に親切な映画で近づきたい気もあったし、そんな期待値もあったので、どのように観てくださるのか、わからない。全体的な流れはいいが、表現する部分において恥ずかしい(照れくさい)部分はあるようだ。


- 監督とも話を交わしたか。


監督はちょっと女性っぽい一面がある。後半作業の真っ最中にはひとりですごく鋭敏になって拗ねていた(笑)。編集室へ行くと、「何が変だと言うんだ。もっと撮ればよかったのに。話をして~」と責めたりもした。そうしたことに比べると、あんたが意図したとおりにはよく出ていると。すべて最善を尽くしたから満足とおっしゃった。


- 話をするのがまるで監督のようだ。


それでも、大小の映画を何本か撮ったので映画の全体的なことに関心が生じる。『ワンデイ』は独立映画にしては大きいが、商業映画にしては小さいサイズなので、一旦、撮影現場に出ると、当日目標にしていたシーンは全部撮らねばならない立場だった。環境によって変わったり遅れたりし得る部分を最大限に少なくせねばならなかった。


- 相談と議論の過程をうんと経たようだね。


序盤には、ぼくも監督も互いについて知って行かねばならないから、酒を一杯ずつ飲んだけど、しきりに他の話をした。作品については、後になって、コンテ作家と話をするとき、ちょっとしたようだ(笑)。お金が有り余っているから映画を撮るのではない。別個の問題だ。だから、捨てるものは捨て、どうしても持っていなければならないものは持っていくという選択の過程が必要だった。


- その点で惜しい部分もあるのか。


ぼくよりは監督が悔しがっておられた。病院で、子どもの日の行事を執り行うシーンも、人々が皆ごちゃごちゃと賑やかな感じが入ってほしかったが、決められた日数と決められた時間内で撮らねばならないので、物足りなさを感じられたようだ。準備をしても満足できない部分があるんだ。


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- 直接、演出をしてみる気はないのか。


ぼくは、以前、ギャラクシー(携帯電話)で分不相応にも演出をしてみたことがある。ところが、撮影監督とケンカした(笑)。外国人モデルを起用したので終わらせねばならない時間が決まっていたり、演出が初めてだったり、撮りたいものが多かったりね。何が何だかわからない状況のなかでメンタル崩壊だった。撮影監督はもどかしくて「何を撮りたいのか、話をしろ!」と怒鳴るし。ふだんは親しくて尊敬する監督だったので、ぼくの演技が未熟であっても癇癪を一度だって起こしたことがない方が、そのときは、そうだった。


- 監督の苦衷をまともに感じた。


ぼくは、だから、その次からは、現場で監督を急き立てたりしてない。元々、性格がせっかちなので「速く、速く、撮りましょう!」と言ってたけど、もう、そうしない。「急き立てるのはやめよう。監督も何か考えがあるんだろう。待ってあげよう」と気持ちを引き締めている。


- 投資にも関心があるのではないか。『ワンデイ』には投資していないのか。


しなかった。ぼくは、食べるのも大変だ。ハハ。


- 『ワンデイ』は、作品がさっぱりしているという感じが強い。少しのんびりしているような雰囲気もいいし。


『海賊』の頃、『8月のクリスマス』が再公開された。観に行ったが、今だったら、すぐに過ぎてしまうシーンが、その時はかなり長い時間、画面にそのまま置いてあった。余白の美が感じられた。『無頼漢』も昔の映画の感じがあってよかった。そんな映画を好きでいてくださる観客もいるが、速いテンポの映画に慣れてみると、大抵は、「何でそんなに長い~」という強迫観念が起こるようだ。


- 誰かは退屈を感じることもあり得る。


定石どおりに撮ったし、真面目に撮られた。「退屈しないか」という悩みはあるが、ある部分はわざとそんなコンセプトで決めたので満足している。大学生たちが撮ったもののような感じもするし。さらに、商業映画とは思わなかったと言っていた人たちもいた(笑)。しかし、イ・ユンギ監督の映画の中で最も商業映画的作品であり、最も多くの観客が入る映画だと確信している。


- どの程度の数値を予想しているか。


監督は、「10万?20万?」と言うが、ぼくは「50万!」と言った。もちろん、損益分岐点は100万人を超えねばならない。ハハ。ぼくたちの悩みを観客の方々が知ってくださると信じる。無理なく、染み渡れないかと思う。


- 鏡の前のジタバタする演技が印象深かった。


あきれて笑わせたのではないか(笑)。そんなときがある。全く予想できなかったポイントに笑いが起きる。『海賊』のときも(ソン)イェジンと浜辺でおしっこをするシーンがあるが、観客の方々がすごく笑った。「これがおかしいの?ほんとに?」と二人が一様に言った記憶がある。撮ったときは、めちゃめちゃ真剣だった。誇張して見せることができるから。ジタバタ演技も同様だった。


- 様様なバージョンがあったようだ。


そうだ。意図して笑わせるというバージョンもあった。しかし、そんなときは監督と「あまりにも笑わせようとしている」と話しながらレベルを調節した。子どもの日の行事で凧を作るときも、病気の子どもが自分の治療費がたくさんかかるのでアッパがこれもしてるし、あれもしていると話すのだが、瞬間、父親が幼い子どもにそんな話までするのかと思って「アッパがそんな話もするのかい?」とアドリブを放った。監督は「それはカット」とおっしゃった。「真摯な状況で、病気の子どもにそんなことを言いたいかと。ハハ」


- 確実に適正ラインを守るということが重要なだけに難しい。


ぼくたちの間では楽しくて現場では面白くても、観客は完成された映画だけを観ることになるから、すべての雰囲気を感じることができないのではないか。そうすると、ふざけて投げたアドリブが受け入れられることがある。チョン・ウフィの手に水が通らないのを見て気絶するシーンは、元のシナリオにはなかった。監督に「この辺で気絶しそうではないのか」と話して、リハーサルを兼ねたものが編集に含まれた。ぼくは自分がしておいて、むしろ「あまりにも、それはないだろ」と尋ねた。「言葉の遊びはダメで、これはいいんですか?」と反論もしたが監督なりの基準があるのではないかと思った。


- 桜のシーンは意図してきれいに見せようとするシーンのようだった。冬の公開から春に公開が延期されたのがそのシーンのために神の一手になり得るようにも思われるし。


あー、鳥肌が生じた。まさに、望んでいた反応だ。演技そのものは自然にしようと努力したが、シーンはきれいに見えることを望んだ。たぶん、昔だったら、「この手ひとつをちゃんと支えてあげなくては」という考えをめちゃくちゃ意識しながら演技したのに、今回は違っていた。実際、冬の撮影なので気候がめちゃくちゃ寒く凍えて死にそうだったが、きれいに見せたい気持ちで懸命に我慢した(笑)。周りからも、いいシーンと言ってくださるので、内心、気分がいい。ぼくはそのシーンを観ながら恥ずかしくて「おおおう」と言ったが、ウフィは「気にしない、気にしない~」だってさ。


- 惜しまれるカットシーンはないのか。


惜しいというよりところどころ少しずつ続くシーンがあった。妻との話ももう少し詳しい。不動産業者と新婚夫婦が訪ねてきて、ガンスは妻を想うと上がれない2階を見物し、部屋を見ながら自分たち同士で妻の推測をする。ぼくはそれを最後まで聞けずに飛び出して泣くシーンもあったし、キムチを食べるシーンも後ろにもっとそんなシーンがあった。「キャッキャッ」という雰囲気のような。ハハハ。

>> インタビューに続く


チョ・ヨンギョン記者

写真=オーパスピクチャーズ



記者さんから「監督のように話すね」と言われていますが、ワンデイDVDの撮影風景(韓国版、日本版ともに収録されています)を見ると、ナムギルさん自身の出番でもないのに、あれこれと自分の意見を言う姿が見られます。そこに監督がいるのに、一体、どこのあんちゃん?と一瞬思ったら、それがナムギルさんでした。ギルペン、失格です(汗)。いつものことながら、意味の取りにくい箇所がありますが、それは私の韓国語能力の欠如によるものです。ご寛容に願います。


Commented at 2018-04-06 15:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by omasa-beu at 2018-04-06 18:56
鍵コメさま、こんにちは。

コメントをありがとうございます。こちらは今日は小雨ふる一日でした。この雨で遅咲きの桜も散ってしまうかも知れませんね。

何かの作品でナムギルさんを好きになると、過去作品も全部観たくなるのがファンの常だと思うのですが、ナムギルさんの場合、どのキャラクターでも、こちらを惹きつけてくれるものがあるので、こうして、ずっとファンで居つづけているのかなと思います。

上の記事に書くのを忘れたのですが、ナムギルさんが『8月のクリスマス』を観て感じられたことは、私が韓国ドラマを観るようになったときに、日本のドラマと対比して、まさに感じたことだったんです。ある意味、冗長な描き方といいますかね。でも、それが、懐かしさのようなものを感じさせる一因であったような気がしていました。

最後になっちゃいましたけど、ご主人さまの検査結果が大事ないようにお祈りいたします。人生は無常ということ、折にふれて思いますけど、ふだんは忘れていますもんね。無常というのは、悪いことばかりではないですけど、いいこともずっとあるわけではないし。今を大切にということになりますか。あなたさまもご自愛くださいませ。
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by omasa-beu | 2018-04-05 22:38 | 映画 ワン・デイ 悲しみが消えるまで | Comments(2)

♪♪Kim Nam Gil Forever♪♪ 韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆


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