映画『殺人者の記憶法』ナムギルファンとしての感想

本日、京都のシネコンで鑑賞。キャパ50名くらいのシアターに10数名。半分以上が男性。韓国映画ファン、ソル・ギョングファンが多いのかもしれない。キム・ナムギルを知ってもらう絶好の機会。


前回書いた感想に記憶違いがあったことに、その直後の鑑賞で気がついた。ビョンスが正気に戻る表情を自然と感じたシーンは、中華を食べていたときではなく、冒頭の警察署にウニが父を迎えに来たときだった。私自身が感じたことを書いただけなので訂正するほどのこともないが、映画を3回観た後の感想だっただけに、いかに自分の記憶がいい加減なものか、キム・ビョンスの「記憶を信じるな( 기억을 믿지 마)」というエンディングの言葉が胸に刺さる。


キム・ナムギル演じるミン・テジュという男。母親を信じられなくなった契機が殺人の遠因になっているようだが、言うことが割とまともなのだ。「生きる価値のないやつを殺している、つまり、掃除しているのだ」と正義をちらつかせるビョンスに「それを決めているのはおまえだろう。殺したくて殺すおれとどこが違う」とまさに正論を言ってのける。


ビョンスが殺した父親は、殺されても同情を呼ばないような男だったが、ビョンスがその後に続けた殺人は、まさしく、父殺しという罪を正当化するためだったように思えてくる。彼の姉は若くして自殺している。彼女も父からの暴力にさらされていたにもかかわらず、平和な家庭が戻ったというビョンスの日記とは裏腹に、弟が父を殺したという事実に堪えられず、死という選択をしたのかも知れないのだ。


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ビョンスとテジュの山荘でのシーンは、テジュが玄関から勢いよく入ってくる瞬間から、ますます眼を離せなくなる。突如として正気を失ったビョンスの手からスカーフを奪い、背後から痩せ細ったビョンスの首を絞めるテジュに怖いほどの迫力を感じた。


「ジジイ、漏らしたな(字幕)」というテジュの台詞は、ナムギルファンには衝撃かも知れない。テジュは「ジジイ」ではなく、「치매認知症)」がもらしたと言っているように聞こえるが、正確な韓国語はどうなんだろう。格闘しながらも、テジュはビョンスを「(おまえ)」と呼びつづけ、年長者として接してはいないから、「ジジイ」という字幕はまさに適訳だろう。


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もうひとつ、気になったのが「生きるのは地獄だ。殺人者の娘として生きるよりは、そこから逃れられるのは幸いなことだ」とウニへ放つテジュ。彼もずっと地獄のなかを生きてきたのだろうか。自分を解き放つことができたのは「女は誰も同じだ(여자들은 다 똑같아」と愛憎の対象である母と同じ性を持つ女性を殺す瞬間だけだったのかも知れない。しかし、その罰を受ける覚悟はできていると思えるのがビョンスへの最期の言葉だった。


おまえも罰を受けるはずだ(너도 벌 받을 거야


しかし、死はテジュにとっては罰ではなく、地獄の人生から抜け出せる唯一の道だったようにも思える。ビョンスは今も彷徨っている


減量と運動で役作りをされたソル・ギョングさん。食べるシーンがなんと多いことか。カメラの前で一口二口食べては口から吐き出すという繰り返しは、それこそが地獄だったかも知れない。




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『殺人者の記憶法:新しい記憶』は、210日(土)からシネマート心斎橋・新宿にて公開。



写真は、2月4日、シネマート心斎橋にて撮影。




Commented by ゆっつ at 2018-02-09 08:21 x
おまさぼうさま、あんにょん!衣装の写真ありがとうございました!実物を見られないので、とてもうれしいです😍早速ダウンロードさせていただきましたー。そうですか、ジジイ、漏らしたな、なんて言ってるのですね。まだ、字幕付でみていないので、そのあたりも楽しみ。そういうときのナムギルさんの美しい残忍な顔、うっとりします←ちょっとおかしい(^^;どなたかのTwitterでイケメンどS殺人鬼、と表現されてて、すごくぴったり!と思いました(笑)。はやく、あの顔を再び大スクリーンでみたい!なんとか、こちらでも、3月初旬には見られそうです。
Commented by omasa-beu at 2018-02-09 12:16
ゆっつさま、あんにょん!
コメントをありがとうございます。お住まいの方は大雪になっているようですが、大丈夫ですか。映画とファンミを前に転んだりしないよう、どうか、お気をつけくださいね。

「ジジイ」というのは字幕ですので、ナムギルさんがその言葉を発しているのではないですけど、どうしても、テジュでなく、キム・ナムギルとして見ていたりするのかも知れないです。
考えてみれば、ピダムなんて、何人殺しているのかわからないくらいですけど、時代劇はファンタジーのような要素があるし、彼を殺人鬼とは呼びませんから、テジュは、やはり、衝撃的なキャラクターです。でも、ツイートではないけど、狂気を帯びた姿はイケメンだから見られるんですね。
Commented by ホタル at 2018-02-09 18:32 x
おまさぼう様こんばんは。さすがおまさぼう様、私が何となく思っていても上手く文章にできなかったことを的確にまとめてくださいました。살인자には「罰を受ける」という言葉が繰り返し出てきますよね、ビョンスもテジュも。誰よりも愛し、誰よりも愛されていると信じていた母に対する憎しみ、怒り、哀しみを殺人という行為で昇華しようとしても残るのは生きていても死んでいるのとなんら変わらない砂を噛むような日々であることにテジュは絶望していたのかもしれません。殺戮行為を後悔してはいなかったでしょうが「いつか罰を受ける」ことはわかっていてその日が訪れるのを恐れつつ、その日こそ自分が地獄のような人生から逃れられるのだと心の奥底で待っていたのかもしれず、最期のときを迎えた彼の安らかな表情がそれを物語っている気がします。彼の行為は決して許されるものではありませんが、そう考えるとテジュが憐れです。
そして姉の存在がビョンスの作り出したものだとしたらビョンスは記憶を守りたかったのか、忘れてしまいたかったのかどちらなのでしょう。全く異なるテーマですが어느날同様、「記憶」という存在について考えさせられる映画です。
いよいよ明日は新しい記憶の上映開始ですね、本編とどのように描かれ方が異なっているのか楽しみです。
Commented by omasa-beu at 2018-02-09 22:31
ホタルさま、こんばんは。
コメントをありがとうございます。いえいえ、しょっちゅう早とちりで失敗をやらかしていますので、的確と言えますかどうか(汗)。
『新しい記憶』を観てからでないと何とも言えませんが、本編のほかに、監督版として公開したくらいですから、ウォン・シニョン監督も正解というものは出せなかったのかなと思われてきます。おっしゃるとおり、まずは、観てのお楽しみと言うことにしましょうか。
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by omasa-beu | 2018-02-06 20:49 | 映画 殺人者の記憶法 | Comments(4)

♪♪Kim Nam Gil Forever♪♪ 韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆


by omasa-beu
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