映画『殺人者の記憶法』を観て

小心者ゆえ、もし、リピートできないような作品ならどうしようなんて思っていたが、初日二日目と計3回観て、まだ、もの足りない思いがしている。


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キム・ビョンス(ソル・ギョング)は、3ヵ月前にアルツハイマー型認知症と診断された元獣医。消えてしまう記憶を補うため、一人娘のウニ(ソリョン)が用意してくれた録音機に生活の全てを吹き込むことを習慣としている。認知症なら、録音することすら忘れるのではないかと思われるのだが、習慣は別物らしい。この録音機が、まさに、終盤、妄想と現実の狭間に生きるビョンスの記憶に確信を与えてくれることになる。


ソウルのような大都会ではない地方の町に住む父と娘。彼らが住む家の佇まいにも懐かしさを感じさせる。家の前一面に広がる畑。駐在所を少し大きくしたような警察。ビョンスの台詞にもあったが、このような町に新旧の殺人者が二人も棲息しているとは、誰も思わないだろう。


引退したはずの殺人者と若い殺人者との出会い。緊張感が走る。自己紹介するビョンスに丁寧に接しながらも堂々とした体躯から相手を拒絶するオーラを放つミン・テジュ(キム・ナムギル)。まさに、元殺人者に新たな活力が吹き込まれた瞬間。そして、俳優キム・ナムギルが大先輩の俳優ソル・ギョングに挑戦している構図と重なる。


主役のソル・ギョングさんが素晴らしく、眼を離せない。ウニが警察に保護されていたビョンスを引取り中華料理店で食事するシーン。正気に戻ったビョンスの眼があまりに自然すぎて、思わず感嘆してしまった。そして、彼のたくまざるユーモア。なかでも、私が好きなのは、ウニをビョンスの娘と知って近づいてきたテジュに対するシーンである。(訂正:私が感嘆したシーンは中華料理屋ではなく、その前の警察署でのシーンでした)


「(ウニと)愛し合っている仲だ」と言うテジュへ「おまえは殺人者だ」と挑戦状を突き付けるビョンス。その不敵な笑いがいいのだ。ちょっとだけ、カン・チョルジュンのチャーミングな笑みを思い出させるソル・ギョングさんの魅力的な表情。


一方のテジュは、何という死んだ眼をしているのだろう。警察官として勤務しているときのちょっと間抜けた表情とは一転し、感情というものが欠落した顔。ウォン・シニョン監督やソル・ギョングさんの読み通り、14キロもの体重を増やして役に備えたキム・ナムギルの堂々とした体躯がさらに彼の不気味さを増幅させている。この二面性を持っているということは、感情が欠落している以上の恐怖を感じさせる。


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この作品、主人公のビョンスが消え行く記憶と闘っているように、観ている私たちも記憶を試されているような気がする。私も今、映画のシーンを呼び起こし、繋ぎ合わせているところだが、たとえば、チョ・ヨンジュ(ファン・ソクチョン)を手にかけたのは、ビョンスか、テジュか、今もわからない。


話はそれるが、ファン・ソクチュンさんが、2年ほど前のドラマ演技賞の席で、「キム・ナムギルが好き」と唐突に叫んでいたのを思い出した。この作品での共演がきっかけだったのかも知れない。


記憶を失くすことは確かに不幸なことに違いないが、しかし、ビョンスの姉が彼の妄想のなかで「神に祈った」と語っているように、つらい記憶は消えてしまえばいい。最悪と思えることのなかにも救いはあるのだ。


殺人者が二人もいるにもかかわらず、最近のドラマに見られるような残虐なシーンがないためか、何度でも観て、自分の記憶のパズルを完成させたい気にさせられてしまう。


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ウォン・シニョン監督は「~原作から固守した部分と言えば、アルツハイマーになり失いゆく記憶と死闘を繰り広げる連続殺人鬼、キム・ビョンスというキャラクターだけなんです」と語っているが(パンフレット)、唯一、そして、生まれて初めて韓国語で読んだ小説の記憶は決して邪魔にはなっていない。ウニが録音機に入れてくれたビョンスの好きな歌「春の雨(봄비)」は原作にもあるが、とても背景に合っている。


エンディングは、ビョンスの「新しい記憶」がテジュとどう関わってくるのかを想像させて、こちらも、興味深々。


写真は、シネマート心斎橋の「殺人者の記憶法Road」から拝借しました。


Commented by よよこ at 2018-01-29 16:49 x
チング~ 観た見た。すごかったね~~~。
めっちゃ、疲れたわぁ~
身体のわりに心臓が小さくて(笑)映画館でのバイオレンスもの、ホラー系は絶対観ないことにしてるの。でも、ナムギル氏が出るとなるとそこは別ですよね。
まぁ バイオレンスものと言っていいのかとバイオレンス通なら言うかも程度のバイオレンスかも知れませんが、うまく恐怖をあおり、現実なのか妄想なのか混乱させながら、それでも全然訳が分からない感じでもなく最後まで飽きさせない別の意味で面白い映画でしたね。
ベテランの俳優さんの演技はマジすごかったけど、ナムギル氏の演技もすごかったですね。
あーこの人は、血の通わない殺人鬼にぴったりだと思いました。(笑)
また、見に行く?かな?
Commented by rokosmile at 2018-01-29 17:31 x
おまさぼうさま、こんにちは。
霧の中のような混沌とした映画を感じさせる素敵なスタンド花でしたね〜
直接見にいけないのが 残念です。
本当にありがとうございました。
映画の方は来週観に行けそうです。
おまさぼうさまはもう3回も観られたのですね!
感想を拝読しましてゾクゾクしてます。
ビョンス役は超ベテランさんなので凄そうなのは想像できますが、
テジュの鬼気迫る?感情欠落?的な演技が楽しみです。
ナムギルさんは相手が凄いほど演技がのる俳優さんでもあり、いつも期待以上の演技を見せてくれますよね。
映画を観てからまた読み返させていただきます。
何しろ何度も観れるか難しいのでとても助かります。
『新しい記憶』も追ってすぐ2ヶ所で上映されるとのことで羨ましいです。
名古屋では無理かな〜(^_^;)
何とか心斎橋に行けないものか、本編をまだ観ていないのにそわそわしてます。

ではまた観賞を重ねての感想など楽しみにしています。
Commented by omasa-beu at 2018-01-29 17:38
よよこさま~チングや、あんにょん!

コメント、コマウォヨ。私も残虐なシーンは弱いんだけど、この二人、連続殺人鬼だけど、犯行シーンはそれほどえぐく描かれていないので大丈夫です。うっくんがめっちゃ悪い役をやったドラマの『ボイス』なんか、飛ばし飛ばしで観たくらいです。
人間って、妄想を現実と思う時も人もいるだろうし、夢か誠かという感じがすきなので、この映画、面白い。気に入ってます。往年の殺人鬼vs.現役の殺人鬼にソル・ギョングさんとキム・ナムギルをキャスティングした監督さんの勝利ですね。

まだ、前売りが6枚残ってるし、あと、最低6回は観ますよ、私は。『新しい記憶』も公開されるし、忙しいったら、ありゃしない。
Commented by omasa-beu at 2018-01-29 17:48
rokosmileさま、こんにちは。

コメントをありがとうございます。そうだ、まだご覧になってない方も多いのに、ネタバレしちゃってるかな。それほどではないですよね。

お花のイメージを私が意図したとおりに受け取ってくださって嬉しいです。ナムギルさんは、ホ・イムのスリムさとは打って変わって、頑丈そうで脚の長さも際立っていました。ご覧になりましたら、また、感想をお寄せくださいね。お待ちしています。私も書き残していることもありますので、また、何回か観たあとにでも、自己満足的感想を書けたらと思います。

「新しい記憶」は、全国公開は無理でも、DVDには両方を収録してほしいですよね。
Commented by noriko at 2018-01-29 20:13 x
おまさぼうさま

こちらには久しぶりになってしまいました。
しかし、おまさぼうさんの文章はさすが。1回目の鑑賞後は声も出なかった映画の"記憶”が蘇ってきて、たまらない気持ちでコメ欄に書き込んでいます。

私は心斎橋の初日に2回観ましたが、それでもまだ見足りない気持ちでいます。
この映画、共感したり感情移入したりは設定上しづらいので(-_-;)、見足りない思いの多くは俳優さんたちの演技と監督の演出です。

「テジュの死んだ眼」…ほんとにそうです。上手く言ってくださいました。でも、その死んだ眼の色が変わる、というか死んだままで変わって見えるのが不思議でした。顔のどこを動かしたのか次に観るときは確認したい(笑)

ネタばれになってしまうので詳しく書いていいのか躊躇いますが、テジュの最後のシーン(エンディングではなく)のあの表情は何なのか…そして横顔…これも次回の宿題にしてます。

あと、内容とは関係ないですが、ちょっと気になったのは、エンドロールに「監督版は今度…」みたいなのが出ていたような。監督版が公開されるのは本編公開時から予定されていたのかしら?このメッセージも最後までは読めなかったので、次回は頑張って読む(笑)

それから、映画を観ているとき、声を出して笑っていらっしゃる方もいらっしゃいましたね。ふっと緊張が解けるシーンだったりするし、私は普段から日本人も外国の人のように映画を観ながらリアクションした方がいいと思っている方なんですが、この映画では笑う気持ちになれませんでした。他人事じゃない( ;∀;) むしろ怖かったです…

とにかく、また見直したいと強く思わせてくれる映画でした。
Commented by kurikuri at 2018-01-29 20:29 x
おまさぼうさま こんばんは

早速記事をあげていただきありがとうございます。拝読してから仕事の帰りに観に行こうかなと思いました。土日まで待てないですね。でもね、寒くて帰りました。それに関東はまた雪がふりそうな気配。殺人者の世界ですわ。

今回の映画は鑑賞している時にはビョンスを追いかけ謎解きのように集中していますが、帰ると何だったか反芻できない。これってビョンス現象?

ビョンスの設定年齢が50代後半~60代初めだと・・・。なんかね笑えません。まじめに考えているのだろうビョンスの言葉をダークなジョークに感じるところはクスリ。他の方との笑いのずれにはまたまたビョンスを味わったり。もうね、テジュの「ジジイ」発言にはババアと言われたくないなと。このときのナムギルさんってほんといや~な奴の表情なんだもん。嫌いになりそうになりました。(またもやペン目線ですみません)
Commented by omasa-beu at 2018-01-29 23:15
norikoさま、こんばんは。

コメントをありがとうございます。ご指摘くださっているテジュの眼については、私も次回の課題にすることにします。それと、エンドロールのメッセージも読んでないです。というより、気がついてない。日本語字幕は出てなかったんですね?それも忘れないようにしないと! でも、読めたとしても、内容はすぐに忘れるので、norikoさん、あとで、教えてくださいね。監督版は、エンディングを観て、本編編集時から監督が目論んでいたことは感じました。

声を出して笑ってた方は、韓国の方か、韓国語ないし韓国文化に慣れ親しんでいる方ではないですか。まあ、日本人だったとしても、笑いのポイントは様々ですけどね。私も、数か所(どこだったっけ?)うふっと声をもらす程度に笑いはしましたけど、声をあげるほどのシーンはありませんでした。

私が観た3回は、テジュをしっかりと見つめてなかったような気がします。ギルペンとしては失格だわ(苦笑)
Commented by omasa-beu at 2018-01-29 23:31
kurikuriさま、こんばんは。

こちらこそ、コメントをありがとうございます。私はいつでも行けるんですが、次は木曜日くらいかなと考えています。やはり、疲れちゃいました。京都でも観られるんですけど、チャンウクさんの『操作された都市』も観たいし、シネマートで続けて観た方が効率がいいです。というか、こちらは京都はまだやってないんですよ。文化都市があきれるわ。

「帰ると何だったか反芻できない」とおっしゃっているのは、まさかのビョンス現象ではなくて、監督の術中にはまってしまったということではないですか。何度も観たくなる映画を狙ってる。

今、急に思い出したんですけど、林の中を逃げるウニを追いかけるテジュ。めちゃめちゃ早かったですね。ウニ、怖かったと思います。
Commented by kurikuri at 2018-01-30 00:10 x
おまさぼうさま

連投です。なるほど監督の術中にはまったということですね。確かに「無頼漢」「OneDay」のときは、帰る途中、帰ってからどういうことかなと考えていたのですが、今回はただただイメージだけが先行していく。その時の五感だけが覚えていると言う訳なんです。

林の中のテジュ、戸口に立ったときから怖かったわ。本気走り久しぶりに観て「かっこいいわ~」と同時にひえ~と悲鳴が出そうでしたよ。それに高い声の時のテジュ、なんか嫌ですね~
嫌な記憶が残るってこれも術中にはまったってことかな。
次の「新しい記憶」の公開まで堪能したいと思います。「春の雨」もよかったし・・・

Commented by omasa-beu at 2018-01-30 01:02
kurikuriさま

ふふ、~ではないかと! なんか、もどかしい気がしてるんです。疑問点は一度に全部解決できないから、一回観るごとに確認してたら、何回観ることになるのか、ですね。

私、次は、ビョンスのシーンはぼおっとしておいて、テジュを中心に観ることにします。ナムギルさんの全てを眼に焼き付けないともったいないですもん。
Commented by ぷりん at 2018-01-30 15:09 x
おまさぼう様、こんにちは。
お久しぶりなコメントになってしまいました。。。
立春ちかし!とは言えまだまだ寒いですね。ナムテジュとのデートもおありかと♪ご自愛くださいませ(●^o^●)

地元公開というのは、やはり嬉しくありがたいことです。私も、早速見に行くことができました。
いゃ・・・面白かったですね!!
何が真実で、何を信じていいのか、これは妄想か・・・見ている側はわかっているはずなのに、それでも困惑するあのシナリオは、難しくもあり、もどかしくもあり、そこがまた面白い映画ですね。
完結できていないこのもどかしさ、これは「新しい記憶法」を見たくなります!!!
なのに、見れないもどかしさが、またそこに(--〆)
おまさぼう様おっしゃるように、両方ともDVD(レンタルも笑)にしていただきたいです。

ファン・ソクチュンssi、おっしゃってましたよね。「何でナム?どこかで共演したのかな?」と思いましたが、この作品だったようですね。 「ナム似の赤ちゃんまで欲しい」ともお話されていたようなので、かなりの思い入れができた共演だったようですね♥♥♥
Commented by omasa-beu at 2018-01-30 18:46
ぷりんさま、あんにょん!

コメントならびにお気遣いをありがとうございます。ぷりんちゃんこそ、ご自愛くださいね。

ぷりんちゃんのレビューを拝読してきました。一度しかご覧になってないんでしょう。素晴らしいです。ビョンスの記憶に近い私とは大きな違い。実は、3回目に観た時、あれ、さんま?と思ったビョンスの顔が一度だけあったんです。それで、ようく観てみたら、やっぱり違うと思い直したんですけど、みなさん、感じてられるのかしら。

「新しい記憶」は各地で上映してほしいですね。中途半端ですよね、本編だけで終わらされるのは。

ナムギルさんはヌナには敬意を表しながらも甘えるでしょうから、みなさん、「愛いやつじゃ」となるのではないかしら。ファン・ソクチュンさんはドラマにもいろいろと出てられるけど、演技の幅が広い俳優さんですね。おまけに、スタイルが抜群!
Commented by サハラ at 2018-01-31 10:12 x
おまさぼうさま、こんにちは。

昨日、12時からの回を見てきました。観客は30人以上40人未満てところでしょうか。
平日昼近くの(とは言っても最寄り駅9時台発なので朝?笑)電車は空いていて、気温もそこそこ上昇しているので、快適な電車旅でした。

おまさぼうさまや皆さまのように、深く細かな感想はいつも持ち合わせていなくて恐縮なのですが(汗)、なんとなく感じて気になった点だけを思い浮かべているところです。

韓国映画(ドラマですら)の残虐な場面に免疫が出来ていたのか、本作はほとんどそう感じることはありませんでした。くすっと笑えたり、親子(愛)にうるるときたり。何よりデジュが格好いい(笑)

背負い投げは巻き戻して何回も見たい場面。猫を撫でながらの猫なで声?が耳に残って離れません(笑)

今のところ『新しい記憶』は10日に見たいなあと予定してます。上映スケジュール次第ですが。朝早いのは寒くて嫌だな……(笑)


Commented by omasa-beu at 2018-01-31 13:54
サハラさま、こんにちは。

回復されたようですね。よかった。早速にコメントをありがとうございます。
私も同様の感想を持ちました。ビョンス少年が父親に殴られ続けるシーンもほんとは観たくないですが、最近のドラマの残虐なシーンほどの描写はないので、何度でも観られる気がします。

今までは、ビョンスに圧倒されていたので、次回は、テジュをしっかりと観たいと思っています。スネーク柄を好む彼の眼がまさにヘビのようです。オモ、ヘビが怒るかしら(笑)
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by omasa-beu | 2018-01-29 12:51 | 映画 殺人者の記憶法 | Comments(14)

終活しなくちゃと思いながら毎日をだらしなく送っている団塊の世代です。写真は、ドラマ『子連れ狼』(北大路欣也さん版)の大五郎(小林翼さん)。私の癒しです。スカパー「時代劇専門チャンネル」のTV画面から撮影。問題でしたらお知らせください。


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