漢陽都城10人10色 エピソード05 日本語訳

第21回釜山国際映画祭は、今夜、閉幕したようですが、ナムギルさんが参加していないというだけで、興味は半減していますから、私自身はつくづく映画好きとは言えないと思います。今は、『パンドラ』や『ONE DAY(マイエンジェル)』が日本で公開されることを願うのみです。『殺人者の記憶法』はまだフィルムマーケットには出てなかったのでしょうか。

さて、遅くなりましたが、エピソード05の日本語訳です。単語そのものの意味が辞書やネットでもわからなかったりする箇所があったりして、ちょっと意訳になっている部分もありますが、ご了解くださいませ。今回の旅を読んでいると、ますます、時代劇の扮装をしたナムギルさんが漢陽都城を歩いている映像を観たくなります。

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©Gilstory


キム・ナムギル、自分探しに
出かける旅


2016.10.11 by キム・ナムギル

https://storyfunding.daum.net/episode/13235

旅の行路で表現すると、僕の今回の漢陽都城のスンソン(城めぐり)旅はどこまできたのか?

漢陽都城について、その多くの印象や風景をすべて収めようとすると、明らかに、全宇宙の銀河系を必要とするようだ。恵化門から興仁之門、再び、光熙門、南小門址、そして、崇礼門まで。もう終わりかと思ったのに、メビウスの帯のように続くスンソンが開いた道。再び、くねくねと曲がったところには、昭義門、敦義門。山の奥深くに引っ込んでいる彰義門から粛靖門まで、そのすべての道を休まずに一気に歩くとめまいが起こりそうだ。

そうやって、道のあちこちにそそり立ち、また、他の道を切り開いた四大門と四小門

一見すると、首都である「漢陽」とその他の地方を区別するための塀のようなものではないのか...
城門があるのは、人と物資が行き来してこそ、首都の機能を持つから当然のことであるし、大したことではないと見ることもできる。スンソン遊びに対する最初の印象もそれと同じだった。

最初は、ただ、城の外壁に沿って歩くことが遊びというのが、それも何百年以上の時間の間、流行したという話を聞いて不思議に思った。しかし、直接、少しずつ慣れ親しみながら漢陽都城を区間ごとに歩いてみると面白味があった。

パズルを合わせるように、その時その時、空いた空間を埋めていくような、そんな満足感がある。だから、その時代の人々には、これほどの旅先はなかっただろう。漢陽都城こそ、首都の中にある保養地ではなかろうか? 朝鮮時代には、これだけの旅行地はなかったと思う。

まず、その頃は漢陽の内と外を行き来することは容易ではなかっただろう。地方から漢陽に来ると、その旅は最初から険しかった。道は狭く曲がりくねり、舗装道路は存在しなかった。そのうえ、夏場の集中豪雨で、川に橋をかけてもしばしば流されてぬかるみになったりもした。

それのみか、すべての旅人は膨大な荷を荷駄ごとに包んで行き来しなければならなかっただろう。そのうえ、馬が食べる大豆と覆いをする毛布も別に手に入れるのは難しく、人や荷と共にくくりつけて通ったのだ。

それでも、旅人たちはいたのだ。

公的な業務を遂行したり親戚や友人に会ったり、科挙の試験を受けるために上京したり島流しで行かねばならなかったり、あるいは、道端で生業をたてる行商人たち..

そのあらゆる民たちの旅。その時代は、自分が住んでいた村を離れて旅に出ることにしたなら、すべての経費と物資を完璧に準備したとしても、最も大きな問題が一つ残っていた。正確な地理情報を探すことは難しく、道を探すことに非常な難航があったはずだ。もちろん、折り畳んで持ち歩ける折帖式地図はあったが、地図そのものがめずらしかった時代だったからだ。

その頃は、どうやって道を見つけたのだろうか?

せめて、路傍に立てられたチャンスン(注: 村の守護神)に隣村までの距離が刻み込まれ、道を見つける助けになったのだろうか。あるいは、旅人の間に回り回る、ある村から次の村までの距離が明示された路程表を参照したのだろうか。木版で印刷されたものもあったが、常にあちこちを流れ歩いて行き来するので道をよく知っている商人などに聞いてメモしておいた筆写本も多かったということだ。また、子午針と呼ばれる羅針盤を持ち歩いて方位を判別することもやったりしていたが、道を探すことは本当に難しかったと思う。

しかし、このようなものだけで、正確な距離と方向を見つけることは容易ではなかった。最良の方法は、通常、そこに住んでいる人々に道を訊ねることだろう。この方法は今も同じで、漢陽都城を歩く前に、地図で一通り距離を推測することはできるが、直接歩いて道の真ん中で聞いて回って道を見つけるまでは、その道を正確に知ることはできない。

何より、日が沈みはじめると、ひとまず向かっていた道を立ち止まらなければならない。夜になると街灯があるわけでもなく、すぐに漆黒の闇になる。そういえば、当時のように空の輝く星を見ることはできなくても、今は、漢陽都城の素敵な夜景を見られるということが慰めになる。

あたかも、風灯のように村の家ごとに発せられる明かりと路地ごとの街灯の明かり、そして、漢陽都城の城壁を月光のように照らす照明が一緒になってホタルが四方に飛び回るような夜景がつくられる。

しかし、残念ながら、朝鮮時代の夜は、そのようなロマンとはかけ離れていたようだ。夜には、道をそれ以上歩いて行くことは大変だっただろう。いったん日が暮れると、四方はトンネルの中のように漆黒のごとく、真っ暗になり、獣の襲撃と盗賊の群れの奇襲を受けることもあった。

とくに、仁王山周辺には虎が多かったが、旧韓末まで、漢陽都城の内と外は、そこがどこであれ、虎の天地だったいう。

さらに、その朝鮮を旅していたひとりの青い目の旅人も行く先々で虎に関するありとあらゆる伝説と事件、事故を聞いたという。ある時は、とある宿に泊まったが、主人がオンドルをとても熱くしているせいで、つい息が詰まって戸を開けたという。ところが、その後、主人が慌てて走ってきて戸を閉めるのだ。そうすると、虎が入ってきて、事を起こすというのだ。

仕方なく、このかわいそう旅客は40度を超える部屋の中でかろうじて門風紙に穴を開けて息をしながら、長い長い冬の夜を送らねばならなかった。それでも、その人は日が沈み星と入れ替わった夜、障子紙の穴の間から今よりもさらに明るく輝く星の夜の中で眠っただろう。そうやって、深い夜空に輝く星の一つ一つを数える楽しみ、そんな旅の味。

星の一つ一つを数える楽しさ、そんな旅の味

旅に一度出かけると、山を越え、川を渡り、時には命をかけ、空腹は常のこと、自然災害に匹敵する環境の変化に向かい合って戦わねばならなかった当時を想像してみると、スンソン(城めぐり)の壮挙は都城の人々に大きな慰めになったように思う。

原則的には、願いをかける福を実現するためなら、全区間を途中で休まずに振り返ってみなければならないが、それこそ、歩く人の気持ちではないのか? もちろん、山の奥深くに位置する区間ではかさこそという音だけでちょっと僕も後ろを向いて山の獣が襲ってくるのではないかと警戒したが、結局は、すべて漢陽都城の内と外だった。

そのようなスンソン遊びの淡白だけれども深く身に沁みる魅力は久しくその時代の語り手となったようだ。そういえば、本来の旅というものは、単に新しいものを見て楽しむ遊びだけではないのではないか。思ったよりは馴染みの場所からさほど離れた距離ではなくても、十分に長い長い旅を楽しむこともできるだろう。

その半日の内に世界旅行をするように、それぞれが他の村の風景と四季を一式込めた景色が与える、小さいながらも大きな旅からの満足感をそのまま秘めたまま家に帰る道。

半日の内に世界旅行をするように

その新しくも平凡な道を歩く旅行者の心の中に、作られては、再び、壊されることを繰り返す思考の行路。そうやって、再び、自分のもとに一歩ずつ近づいてくる道。

ようやく本当の旅の始まりになるようだ。この辺は漢陽都城のどのあたりか、この道は僕がいつも通るソウル市内のどこに通じ、はるか遠い昔には、この道はあの道にも通じていたんだね... うなずいて歩きながら、こちらあちらとのぞきこみながら... また、行ったり来たりする途中で遭遇する人々と交わす話の中で、国土は人が持っている思考の軌跡を一つずつ剥がしていく。

そうして、しきりに自分自身を知って行くのではないのか? 今まで歩んできた道を振り返ってみながら、その誰でもない、まさに自分自身をさらに切なくて貴く感じることができるようだ。

スンソン遊びのそんなしっかりした魅力

そうして、平凡であっても退屈な日常のなかで、少しは自由で、時には興に乗って肩を踊りでくねらせる楽しみをスンソン(城めぐり)は、その長い間、毎日のように都城の人々に贈り物としてくれた。だから、あれほど長い間、その数多くの人々の心の中に思い出として残っていたのではないだろうか。

親の親が、また、さらに、子の子が共に歩いたその古くからの旧道は、だから、今もなお、漢陽都城の城壁に沿って流れる流麗な風の道を維持しているのかも知れない。

だから本当の旅の始まりは、漢陽都城の真ん中でその場に立ち、目を閉じて、いかなる風も受けてみること、風の中に染みわたる自分の声に耳を傾けてみること、また、その隙間に口笛のように聞こえてくる誰かの声を静かに聞いてみることから始めてみよう。そんな、のんびりとしながらも懐かしい旅を。

キム・ナムギル

「下に紹介する映像は、<ギルストーリー: ソウル漢陽都城10人10色プロジェクト>の市民参加者、チャン・ウニョンさんが直接撮影した映像で『私、そして、漢陽都城』をテーマに制作されました」

写真と映像は、こちらでご覧くださいませ。
https://storyfunding.daum.net/episode/13235

「ぼくたちが作る文化遺産、漢陽都城8話」はこちらです。
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キム・ナムギル、きちんと隠れている
漢陽都城を探せ

https://storyfunding.daum.net/episode/13292
Commented by omasa-beu at 2016-10-16 17:44
kurikuriさま、あんにょん!

いつもコメントをありがとうございます。
ウォーキングができなくなって以来、夜はあまり出かけなくなったので、昨夜のお月さまも見逃してしまいました。だめですね。先ほどから雨になったせいか、ちょっと温度が上がってきたようです。

エピソードの日本語訳は、できるだけ、ナムギルさんが描こうとしている情景が浮かぶようにと思ってはいるのですが、決して褒められた翻訳にはなっていません。まあ、翻訳機よりはまし程度に思っていただければ幸いです。

映画の公開は期待できそうですが、次の作品は、噂すら流れてきませんね。ナムギルさんの思いにかなうシナリオがないんでしょうか。50話くらいの時代劇をじっくりと見せてほしいです。できれば、衣装だけでなく、メークばっちりが私は嬉しいです。
Commented by すみれ at 2016-10-17 13:25 x

最後の三行が好きです。

そして、素敵な訳ですね(*^^*)

いつも通る散歩道で、ギルさんの この心情に通じるような想いでタイムスリップの遊びに興じています。
誰かが見たら、確実にヤバイ(笑)

本、映画 etc タイトルに 風 の文字が含まれていると、目がすいよせられます。
Commented by omasa-beu at 2016-10-17 21:55
すみれさま

ありがとうございます。日本語訳がナムギルさんの思いにちょっとでも寄り添っていればいいんですけど、なかなか難しいです。

最後の三行は、彼の作品選びにもお願いしたいです。

テレビをご覧にならないからご存じないかと思うのですが、NHKの「歴史秘話ヒストリア」のような番組で漢陽都城を観られればいいなあと想像しています。番組は、ドキュメンタリーと再現ドラマから構成されていて、普段はあまり有名な俳優さんは出てないんですが、漢陽都城に限っては、ナムギルさんの特別出演で観られたら最高です。

꿈 깨~(クムケ)
Commented by omasa-beu at 2016-10-19 02:35
鍵コメさま、こんばんは。

ちゃんと返信が来ないと心配になりますよね。ほんとに、お疲れさまでした。私もその銀行から送金したかったのですが、大阪どころか、地元の金融機関にも行けない状態になってしまいました。もしかしたら、今回はパスすることになるかなあ。ナムギルさんのお役に立ちたい気持ちは大いにあるんですけど、無理してまですることではないような気がするもんですから。
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by omasa-beu | 2016-10-15 23:31 | Gil-Story | Comments(4)

♪♪Kim Nam Gil Forever♪♪ 韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆


by omasa-beu