[インタビュー]NGOの代表として会ったキム・ナムギル(上)

順序が逆になりましたが、インタビュー(上)の日本語訳です。
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俳優キム・ナムギル、NGO代表として、新たな道の上に立つ
「こつこつと、そして静かに道の上に立つこと」


http://www.sisapress.com/journal/article/156679

キム・ナムギル(35)という俳優が大衆に名前を知らせたのは、2009年MBC大河ドラマ『善徳女王』の中の「ピダム」というキャラクターのおかげだった。このドラマで一躍スター隊列に上ったこの俳優はドラマ放映終了直後、ほかの「スター」とは少し違った歩みを見せた。2009年末、ドキュメンタリー『アマゾンの涙』にナレーションで参加し、翌年1月には、大地震と津波で廃墟となったインドネシアでの救援活動に出発した。芸能人たちがカメラ数十台を引き連れて海外ボランティアに出かける事例はその前にも多かった。当時キム・ナムギルもまた、「いつものそんな」スターの一人に見えたに過ぎなかった。

それから6年後、ソウル清潭洞(チョンダムドン)のあるカフェで彼と向かい合って座った。180cmを優に超えて見えるすらりとした身長に「オールブラック」の服装で現れた彼は、もはや「いつものそんな」スターではなかった。依然として地道に作品活動をしている「俳優」であると同時に「NGO代表」として活動していた。彼は2013年に文化芸術NGO「ギルストーリー」を設立した。2010年以来、数回の海外救援活動を経験した後、「より持続可能な社会貢献活動」について悩んだ末に設立した団体だ。

「普段、ジャージばかり着て歩き回っているが写真を撮るので久しぶりに服も整え美容院にも行って出かけてきました」というキム・ナムギル代表は、スクリーンの中でやや暗く真摯に見えていたイメージと異なり、軽快で率直だった。事前アンケートを送ってくれたが、「ぼくが知っている限度で答えたい」といくつかの回答もあらかじめ用意して来なかった彼はインタビューの間中、一言一言考えた末に吐き出した。演技と同じくらい、自分が代表であるNGOに対する愛情が格別に見えた。

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NGOを設立したという話を聞いて不思議だった。元々、社会運動に関心が多かったのか。

基本的には「みんな一緒によく食べよく生きること」に対して関心が多い。今もNGO代表として、その方法を見つけることが最も究極的な目標でもある。無名時代から友人たちには「いつか、ぼくが有名になれば、人々をうんと助けて生きる」と言っていたらしい。実際、ぼくはすっかり忘れていた誓いだったが。

最初からNGOを登録する計画はなかった。事実、芸能人の「ネームバリュー」を利用して何かをするというアイデアそのものが好きじゃなかった。それが非営利的なことであれ、営利的なことであれ。カメラで活動を表現するということ自体が「イベント性」に映るために極度に避けていた。 ぼくは演劇の舞台で演技者活動を開始した。うちの家族も飢えているのに他人を助けるのが贅沢のように感じられた時期があった。その時定着した考えがかなり長く続いた。海外ボランティアもそうだ。「韓国にも苦労している人が多いのに、あえて海外まで行って奉仕活動をする必要があるのか、見せかけにとどまるんじゃないか」このような考えだった。だから形式的なボランティア活動は初めからしていなかった。

初めてボランティア活動をしたのが、2010年インドネシア地震被害救援活動か。

2010年1月、周りの勧めに応じてインドネシアへ救援活動に行くことになった。実際、ちょっと衝撃的だった。基本的な衣食住自体が解決されていない環境だった。当時MBCカメラチームと一緒に行ったが、カメラが入ってくること自体が徐々に不快に感じられた。ここの人々に何かをしてあげようという真正性さえ疑われる感じがした。だから担当PDにくってかかった。その時PDが言った言葉が「あなたが持っている人気とそれによる影響力というのがあれば、もっと良い方向に使うことができる。あなたの救援活動の様子を映像で見せてあげれば、あなたに興味を持った多くの人々の参加を引き出すことができるだろう」ということだった。とにかくその時はぼくが「ホッと」した時だったから(笑)。考えが少し変わったきっかけだった。

インドネシア救援活動以降、このような支援活動がもうちょっと体系的であってほしいと考えた。ぼくたちはその場限りでちょっと行って来るんだけど、実際、助けを受ける当地の人たちは...。傷になるかも知れないと思った。残っている人たちの心の中の虚しさや寂しさのような傷が大きくなるかも知れないと思った。だから、当時、救援活動を一緒にした知人たちと「これからの事」について多くの話を交わした。 今すぐのお金や物的支援も重要だが、もっと根本的なことは、「一人ではない」という信頼を与えることだと考えた。どんな状況でも一人ではないという信頼があれば、また、その信頼を見ることができれば、さらにいいのではないか。

芸能人としての影響力を良いところに使おうとNGOを設立したのか。

私もそうだったが、韓国の人々は誰もが良いことをしようとする心の準備ができていると思う。その心にどのように火をつけてあげるかについての悩みが多かった。最初は無計画に知人数人とぼくの家で一週間に一回集まって会議をした。「どのように助けるか、誰を助けるか」ただ、余りに大げさに見えるのは嫌だった。少しずつ小さなことから始めようとした。あえてマスコミにも知らせなかった。ぼくが持っている影響力というのは、基本的に「ファンダム(ファンたちの集まり)」である。だからファンを中心に寄付集め、ボランティア活動などを始めた。

募金活動をしてみると、自然に組織の必要性が台頭した。そうでなければ、個人名義でお金を送信せねばならない問題が発生したためである。最初はクラウドファンディングで募金活動をしている途中、透明性と持続可能性を念頭に置いてNGOを設立することになった。現在、私たちのサイトに入ると、寄付金の内訳からの領収書一枚まで全て公開している。

「ギルストーリー」は、作家・画家・作曲家・写真家・ITプロフェッショナル・弁護士・会計士・翻訳家など100人を超える様々な専門家がプロボノ(Probono:各分野の専門家が、社会的弱者を助ける活動)で活動中だ。なぜこのような方式を選択したか。

高校生の時から演技者としてひとつの井戸だけを掘った。当然NGO運営について知っているところが全くない。代表として、ギルストーリーで行われる多くの決定の最終決定をぼくがしているが、実際に運用面、特に法的な側面に入ると、ぼくは知っていることがない。ぼく一人が好きでやろうとすると、社会貢献活動において限界にぶつかるようになる。専門家に助言を求め、彼らの助けを借りねばならなかった。

ぼくは芸能人だから、ぼくの影響力というのは人気に依存している。ところが、人気というのは持続しない。いつも公平である。上がったりもするし、下がったりもして、いつも他の人に機会が与えられる。20代の時にできる役割があり、30代の俳優ができる役割があり。また、しばらくして、先輩たちができる役割があり。幼い時はそれを知らなかった...。 ぼくの名前だけを持って団体を開始してみると、最終的に一人で背負って行ける距離が長くないだろうと思っていた。

「大げさなもの」「見せかけのもの」について拒否感が大きいようだ。

だから、元々、インタビューもしようとしなかった(笑)。まだきちんとやったこともなく、また、いいことというのが目につくようにする必要はないのではないか。 NGOを設立したのも「ぼく、こんなこともする」ということではなく、自分自身に対する一種の潔癖症のためだ。ぼくも時折寄付をしたりしたが、寄付をするたびに、「ぼくが出すこの金がどこに行くのか」についての確信がなかった。ぼく自身がこうだからぼくを見て寄付を送ってくる人もそのようなもどかしさがあるだろうと思った。このような部分まで透明に公開しようとNGOを作ったのも大きい。ギルストーリーを作りながら一番重要に思ったことのひとつが「この団体は、無条件に非宗教的であり、非政治的でなければならない」という点だった。この部分においては自信がある。

良く言えば社会批判的、悪く言えばすべてに疑問が多いようだ。

ぼくは基本的に肯定的である。そのため、ギルストーリーを通して社会還元活動を継続することができるのではないだろうか(笑)。 自己検閲はちょっと強くする方だ。芸能人たちがSNSに自分の考えを濾過せずに上げていることについても少し考えが違う。SNSは危険性が増すと思う。いずれにせよ、われわれの社会で俳優とは多くの人々の耳目を集中させる職業だ。一言を発する際にも、それがもたらす波及効果を考えるべきである。もちろん、間違ったことについて声を出すことは重要だが、すべての問題について、はばかることなく、誰かへの配慮なしに自分の考えを話すのは違うと思う。今、自分が話す言葉が誰かに見せるためなのか、それとも完全に自分の考えなのか、自ら判断しなければならない。最も重要なのは、他人がどのように見るかではなく、自分の話が果たして正しいのかだ。

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ソウル漢陽都城10人10色プロジェクトのために、現場を撮影中のキム・ナムギル代表。(上の写真)下の写真は、彼が代表としてのNGO「道ストーリー」のフィリピン救援活動の様子を収めている。©Gilstory 提供

再び社会貢献の話に戻ると、「ギルストーリー」は、海外救援活動のために寄付を集めるのが主な活動ではないだろう。

現在、ギルストーリーが進行中の活動は、大きく5つだ。ストーリーファンディング<私たちが作る文化遺産、漢陽都城>、市民参加キャンペーン<ソウル漢陽都城10人10色>、文化芸術のキャンペーン<道を読んでくれる人>シリーズ、文化芸術のキャンペーン、そして災害救助キャンペーンである。 今年の初めまで<道を読んでくれる人>シリーズに集中した。ソウル城北と北村の「道」を見つけて、そこに込められた人と空間の話を聞かせてあげるのだ。音声ファイルや映像、そして写真を通して「道」に込められた時代。歴史的な意味を込めて出そうとした。

良いことというのは、今すぐ寄付してお金で何かをする、このようなことだけではないと思う。もちろん、お金というのは、資本主義の時代に最も強力で効果は速い順だろうが。 いつも「根本的なもの」について考えている。ぼくが考える根本的価値とは、結局、「人間性」である。「道」という素材は、そのような面で多岐考えるポイントを投げかける。道というのは一人が歩いている道である一方、複数の人が往来し、形成してきた道でもある。また、単純に、われわれが歩く道ではなく、方向性の問題でもあり得る。「road」ではなく「way」であるわけだ。

ちょうど、ぼくの名前に「道」という字が入ってないか(笑)。今後、「キム・ナムギルがするNGO」としてのギルストーリーではなく、「道をテーマに良いことをたくさんするNGOがあるのだが、キム・ナムギルがそこに所属しているんだって」というような評価を聞く団体として営んでいきたい。着実に道の上に上がりたい。大きく欲張らずに少しずつ。

キム・ギョンミン記者

http://www.sisapress.com/journal/article/156763
Commented by omasa-beu at 2016-08-23 00:30
kurikuriさま、あんにょん!

お久でした。かわいいお名前に変更されましたね。私の知る限りでは、同じHNのギルペンさまはいらっしゃらなかったような気がします。← あてにはなりませんけどね。

インタビューした記者さんも、こんなに喋る俳優とは思ってられなかったかも知れないですね。一言聞くだけで、ずっと喋ってくれますもんね。でも、記者さんも書いていますけど、いつも、いろいろと考えてるからこそですもんね。もしかしたら、大好きなゲームをしながら、あるいは、タムタムとお寝んねしながらも、いろんなことを考えてるのかしら。

「未練はあるけど後悔はしない」とRoad Showでも語ってましたから、やりたいと思うことは貫徹する人なんでしょうね。賞をもらうのもタイミングの問題だし、映画やドラマもまたヒットする時が来ると信じています。こちらは、ただ、見守っているしかないですけどね。
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by omasa-beu | 2016-08-21 19:32 | Gil-Story | Comments(1)

♪♪Kim Nam Gil Forever♪♪ 韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆


by omasa-beu
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