おまさぼう春夏秋冬

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<インタビュー> 『美人図』の男、キム・ナムギル ③ (おわり)

ロングインタビューは、今回で終わりです。キム・ナムギルさんという俳優の人となりがあちこちに垣間見られるインタビューですね。すごく面白かったですが、少し疲れました。もっとわかりやすい日本語に訳せればいいのですが、意訳するほどの能力もないので、ナムギルさんが言おうとしているニュアンスをくみ取っていただければ幸いです。

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第29回青龍映画祭(2008年11月20日)にプレゼンターとして登場した『美人図』のご両人。『美人図』韓国公開は2008.11.13でしたので、公開中のお出ましだったんですね。この時、主演女優賞を受賞したのが『妻が結婚した』のソン・イェジンさん。写真の出処は画像内に記載。

では、続きです。

そうでしょう。朝鮮時代なのに、お腹に洗濯板(腹筋)が刻まれ、薬を呑んで育てた筋肉なら、あまりにも似合わないじゃないですか。

そうでしょう。でも、ぼくは運動しても出てこないんだけど。(笑)とにかく、リアリティ的な部分のために男優はプレッシャーが減少しました。それから、常に女優はプレッシャーが多くならざるを得ません。それで、ちょっと楽にしてあげようと、撮影中、服を脱いでたくさん走り回ったりという感じでした。スタッフたちが吐き出すほど。

なんで?

スタッフたちはご飯を食べたばかりなのに、男優が脱いで歩き回るから、吐きそうということだったんです。(笑)ところで、そんなに気を楽にさせても女優がそれを気楽に受け入れない場合もあります。撮影に入るときまでも服を脱がないで、脱ぐことに対する恐れ持っているので、演技が自然に出なかったりもします。でも、ミンソンさんは、ぼくがそうするほどに、気楽にちゃんと受け入れてくれました。そうやって、ちゃんと受けてくれたので、さらに楽にしてあげようと努力をしたんだと思うし。そのような部分のために自然で容易に演技をしていなかったかと思います。

では、これはどのように考えておられるか気になります。ですから、『美人図』がマスコミ試写会やVIP試写会以前から、またその後にも現在まで、俳優たちの演技や他の面よりすごくエロティシズムに焦点を多く当てられていますが...

ぼくは、それほどそんなことはないと話してるんだけど..

すごくセクシャルな部分、刺激的な部分を広報のコンセプトとして、コピー自体も「朝鮮のエロティシズム」という言葉をつけました。タイトルがシン・ユンボクの話を扱う『美人図』なので。もちろん、映画を公開しておいてみたら、そんなレベルが高いシーンがあったというそんな部分はあるけれど、それでも広報そのものをあまりにもそのような方向にすることがないでしょうか。

映画に参加した俳優として、その部分がすごく気に入らないです。俳優たちが服を脱いだ部分については、どっちみち、映画を見れば、なぜ服を脱ぐのか分かってきます。だから、広報においてその部分をアピールするよりは、演技的な部分、映画全般的な部分に対して広報されねばならないと思います。最初に、センセーショナルな朝鮮メロ、エロチックなベッドシーン、そうしながら、検索語が上がってそうした時も、ぼくはマーケティングチームにすごく抗議をしました。映画の中でぼくたちが見せるのがこれしかないみたいじゃないか。あえて、こんなに低級映画に見えるように広報をする理由は何か。もちろん、考えによって違いますが、自信があるに値する部分が多くなさそうだったからかも知れませんね。しかし、明らかなことは、ただ観客動員のためのそんなことよりも、映画全般を見なければならないと思います。

露出についてずいぶん訊かれたと思いますが。

実際、インタビューをする時、脱ぐという、そういう部分についての質問にはできれば返事をしません。露出やベッドシーンについて、すでに全部広報されているのに、インタビューにまで、あえてそれを話す理由は何かという気がするんですよ。一番最初に、一番多く訊かれる質問がそれです。ベッドシーンについて、ぼくたちの露出について。映画をご覧になって、そこに何か映画的関心を持って真剣に質問をする記者の方たちは違いますが、そうでない場合も多いです。だから、そのような部分への憂慮もすごく多いです。正直、気分もあまり良くないし、有難迷惑な関心でもあります。本当に、ぼくたちが情熱を抱いた人物に対して、より関心を持っていただきたいと思います。

本当に率直に話してくださって...ここに広報の方々もいらしてますが。(笑)

いいえ。違うと思うことは観客たちのためにでも違うと正確な考えをいうのがふさわしいようです。

人々が映画を見て露出に関してそれがすべてだとされるよりは、俳優たちの演技についてもっと多くの話を交わすなら、俳優の立場ではそれ位いいことはないでしょう。

ほんとうに、そうならいいですね。露出部分にはまって映画を見れば、演技についてではなく、「ああ〜激しい」という話だけして行くことになります。それが中心ではなくて、ぼくたちの焦点はそれではないのに。演技がちゃんと出来ていいないことは別にして、きびしい声でもいい声でも映画に対する部分を語って、もう少し発展的に進むことができる部分を話してなければならないようです。激しい、下品だ、長い、短いとか、そんな話ではなく。

そのような考えがよく伝達されることを願って。(笑)さっき、『モダンボーイ』のカット分量について話をしましたが、『美人図』でもそういうことがありましたか?

『美人図』ではありませんでした。もう少し活発だった部分、あるいは、その他、部分的にカットされているものはあっても、話の流れで、カットされた部分はありませんでした。

カットされると、失望することになるでしょう。懸命に撮ったのに。

俳優たちは皆そうですよ。映画は、常にそのような部分があります。カットされたことのため、『モダンボーイ』で残念だったことはありますが、それでも、ぼくはまだチョン・ジウ監督を擁護して支持します。ぼくが損害を被り、被害を受けることがあっても、ぼくが『モダンボーイ』に対する愛情が誰より格別だったということをチョン・ジウ監督も知っておられます。よくは分からないけど、これが、もし他の監督だったら、二度とその監督とは仕事をしないかも知れないです。(笑)でも、チョン・ジウ監督については、ぼくが感じること自体が違うんですよ。

私は『親知らず』を通して、監督の作品が好きになりました。

本人もその部分がすごく大変だったんです。 『親知らず』と『ハッピーエンド』をはさんで、『モダンボーイ』に製作費がたくさんかかりすぎたので、『ハッピーエンド』の方に行かねばならなかったでしょう。ところで、本人が望んでいたのは『親知らず』でした。そのような部分に対して監督はすごく悩んだし、そのために、今回もぼくは最善を尽くしたから後悔しないように話をしたいです。もちろん、問い詰めてみれば、チョン・ジウ監督も誤りがなくはない。それだけにかかった投資的な部分に対して責任を負わなければならないことは事実であるから。しかし、ぼくはそんなことは別にして、まだチョン・ジウ監督を支持する気持ちがあります。

では、今からは映画ではなく、キム・ナムギルさんの話をしてみましょう。ナムギルさんはすごく様々なキャラクターを演じています。ところで、通常、似たような年頃の演技者たちがトレンディなことをたくさんするのに較べて、そうではなかったんですよ。また、明るいものより暗いものをたくさんしたし、そんなことのために強い感じもするし。

ぼくをよく知らない人たちは、ぼくが暗い役をするときの姿がぼくの姿だと思います。でも、ぼくに実際に会うと、意外だ、という話をよくするんですよ。さっき、カンムが自分の姿に近いという話をしたようにそのような部分がぼくの中にたくさん含まれています。だから暗い役割をするとき、ぼくが持っていない部分から演技するのが少し難しかったりもするのは事実です。しかし、極端で暗い面が、演技する時、足りない部分をたくさんカバーすることもあります。実際に自然で柔らかい演技の方が難しいんですよ。人々は激しくて極端な演技を上手にするのが演技が上手いということと考えますが、そのような演技に慣れている人は、楽にリラックスする状況を与えると、その人物を安らかに易しく表現できない場合が多いです。

その部分は私もかなり同感です。泣き喚いて崖っぷちで叫ぶことよりも、ただ、「ご飯食べた?」を本当に気楽に実生活のように吐き出すことの方が難しいこともあり得ると思います。

「ご飯食べた?何してたの?」というのは、何か極端な状況ではないので、人物が自然ににじみ出て、その台詞が出てこなければなりません。でも、どうかすると、ドラマの人物にふさわしい感じで出てくるのではなく、実際の俳優本人の感じで出てくることもあり得ます。そのため、人物がドラマに自然に溶け込むということ自体がとても難しいのです。

公採(公開採用)を通して演技者になったじゃないですか。最近では、すごくめずらしいんだけど。公採演技者たちは。

ないですね。ぼくがMBCでも最後だから。元々は公演をしながら公採になって、放送、映画を開始しました。でも、舞台芸術に魅力を感じて演技をし、公演をしたので、ぼくが放送や映画をするとは想像もできなかったです。

いつから俳優になりたかったのですか?

高校の時から。リア王という公演を見てからでした。今も公演を見るとすごく震えます。そんなものを見て俳優になるという決心をしたからでもあるけど、観客の立場から見れば、舞台の上で俳優が演技をするとき、ぼくがその感じをすべて受けて一緒に呼吸をすることになるでしょう。

息遣いも聞こえるでしょう。

そんなことを見て、ぼくが観客の立場からでなく、舞台上に立つ俳優として観客の眼を見て一緒に呼吸したいという気にすごくなりました。 でも、最初には、俳優という呼び名より、ただ、あの上で呼吸をしたい、その考えがすべてだったみたいです。 それが後になって、俳優というものを知って、それと共に演技的な部分に対する情熱や欲を持つようになったのです。

再び、放送や映画ではなく舞台公演をしたいという気は。

今もそのような欲はすごく多いです。 『恋人』というドラマを撮る時も創作ミュージカルや公演に対する想いをやめなかったし、また、ずっと練習していましたから。

公演を観ると、俳優たちはすごく違って見えます。 映画やドラマで観る時と。

俳優たちは媒体によって演技的な部分に差があります。 もしかしたら演劇的な舞台でそれがさらに気楽かも知れません。

早く、ひとつしてください。インタビューしに行くことに。

はい。 分かりました。 でも、公演をしたら、そのまま来て、気楽に観て行ったらいいのに、何をそこまで来てインタビューをしようと言うのですか。(笑)

それは...あ...病気ですよ、病気。(笑)
とにかく、ずっと前に公採になったけど、その後にいくつかの事をたくさん経験したと聞きました。そんなことが今キム・ナムギルにどのようなことで残っているのか。


すべての俳優たちがそうでしょうが、特に男優たちは多くの部分を経験しなければなりません。経験を下地にして演技的な部分について多くのことを得るから。直接経験をできなかった時は本を読んだり、想像をめぐらせて演技をするのですが、そんなものは、経験を土台にしたものに較べてできない部分が多いです。だから、今は、ぼくがいろいろと困難な仕事を経験したということ自体がすごく有難いです。しかし、ぼくが経験をしたとして、それが無条件に赤裸々にちゃんと出ているのではありません。時間が経ったので。そのような経験をしたときにすぐにそのような役割をすると本当によく出てくるでしょう。でも、時間ということ自体が経つにつれ、その中に喜怒哀楽を経験することになります。しかしながら、結果的には、ぼくが演技する上で基本的な力になるのではないかと思います。今もちょっと腹ペコなのも演技的な部分においてそのようなものをたくさん感じなくちゃと信じていて。

あるインタビュー記事をみたところ、「先輩たちはぼくが持っていないものを持っているので、それらと比較したり、フォーカスがそれらにたくさん当てられてもそれほど残念だとは思わない。」と話されていましたね。では、それを逆に変えて、今では持っていなくても、最終的に俳優キム・ナムギルとしていつかは持つことができると確固として信じているのは何がありますか。

どうしても、積もり積もった経験的な部分がそうではないかと思います。先輩たちが持っているものの中で、ぼくがまだ持っていないものが多いです。もちろん、ぼくが持っているものの中で、人々が持っていないものもあります。結果的に、いろいろな経験を通して積まれるもの。また、それによって派生する幅広い多様性。そんなものはまだ不足しています。そして、フォーカスという部分については、そのような考えをたくさんします。ぼくが、もし、認知度を考えるなら、今のように作品を選択しなかったでしょう。主演であれ助演であれ、役割そのものは別にして、それぞれの配役に関心を持って話をたくさんしてくれたらいいですね。

『モダンボーイ』のマスコミ試写会の時、シンスケについての質問に「ぼくはこの方と立場が違います。分量を言うのではなく、シンスケは日本人だからです」と言ってましたが、その言葉に少し寂しさのようなものが秘められていました。

映画で、単に、ぼくが日本人ということのために排除になったというのがちょっと寂しかったのです。日本人役のためにカットさせたという話がとても多かったのです。独島問題のために反日感情が良くなくて。

本当ですか?

はい。ぼくは映画の中で日本人シンスケを表現するために、本当に不断の努力をしました。韓国人が考える日本人ではなく、本当に日本人が感じる感情を映画の中で感じさせるために。でも、シンスケが日本人なので、日本に対する感情が良くないので、そのような話をするということが少し残念でした。ぼくが表現した日本人は他の日本人である可能性がありますよね。だから、映画で必要とする日本人の役割に対してもこのように制限を設けるならば、映画自体に対する素材性や多様性が発展的であることができなくないだろうかという気もしました。

日本映画は上映しながら、韓国映画の中で、日本人の役割はいけないということ。

腹が立ちました。それから、腹が立ったことは別にして、それは本当に間違ってると思います。これはぼくが映画祭委員長を招いていても話をすることができると思います。(笑)

話がうまくいくように願います。(笑)映画のためにドラマをしなくなったのではないですか。 予定はありますか?

まだ。 実際、ドラマをして映画をしてたのにもかかわらず、ドラマをするのが少し怖いです。 先ずは台詞を覚えられないし。(笑)

そうですか?

そして二つ目は、ドラマは16部20部をしながら多くのことを見せるという長所があり、映画は含蓄的な意味を示すという長所があります。でも、ぼくの演技のトーンやパターンは、暗黙的な意味を込める映画の方に合っています。だからドラマが良いのがあればしますけど、今はまだ。

最後の質問。前に戻って、『美人図』の話をもう一度してみます。もう映画が封切りされますが、観客がどんな点に関心を持って映画を見てくださればいいのか。

さっきもお話したように真心を込めた愛を観ていただきたいと思います。観ながら、自分もそうした時があったという考えになったり、愛をしたかったが、怖くて、あるいは、現実的な部分を恐れて始められなかった、そんな愛を思い浮かべて見ることができる機会になれば良いという気もします。そして、現在、本人が持っている愛の価値観が違ってくるというより、今後、することになる愛について「自分にとって本当の愛とは何か」というような問いを一度くらい、自分自身に投げてごらんになったらと思います。そうすれば、『美人図』は、映画を見た観客の方々の胸に、より多くの余韻を残す映画になるのではないかと思います。

2008年11月24日(月) 文  キム・ソニョン記者(MOVIST)
2008年11月24日(月) 写真 クォン・ヨンタン記者(MOVIST)

元記事
http://www.movist.com/star3d/read.asp?type=32&id=15609
by omasa-beu | 2015-08-30 19:25 | 映画 美人図 | Comments(12)

韓国映画『レッドカーペット』

『無頼漢 渇いた罪』の前売り券第二段が発売された26日、特典DVDにつられて、シネマート心斎橋まで出かけてきました。たくさんのギルペンさまたちに会うのではという予想ははずれ、たぶん、必死で早起きしてまで行く必要はなかったようです。でも、そのまま帰るのはもったいないので、上映中の韓国映画『レッドカーペット』をギル友さまと一緒に鑑賞。

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主演はユン・ゲサンさん。ドラマ『兄嫁は19歳』を観てから、すごく好きになった俳優さんです。『兄嫁は19歳』から10年余り。男の子っぽさを残していたケサンくんは、いい意味で、すっかり男っぽい俳優に成長していました。

ユン・ゲサン演じるジョンウはアダルト映画の監督。自分の脚本で商業映画を撮る夢を見ながら、機会を得られないままアダルトを撮り続けている。思いがけなく、子役出身の女優志願者、ウンスと同居する羽目になり、お互いにいい感情が芽生えるものの、行き違いから疎遠になる二人。そして、スターとなったウンスと再会するジョンウ。

共演者も魅力的です。ウンス役のコ・ジュニさんは、ケサンさんとはドラマ『愛に狂う』以来の共演。愛らしく、さっぱりした雰囲気が素敵。相手役としてお似合いです。

助監督役は、オ・ジョンセさん。一見、軽そうだけど、実は頼れる存在というキャラクターはぴったり。この方も好きな俳優さんです。ドラマ『会いたい』ではユチョンさんの相棒刑事の役がチャーミングでした。

チョ・ダルファンさん。映画『パイレーツ』では山賊の一味。本作ではAV女優を好きになる純情一途な撮影監督役。

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ソン・イェジンさんの主演映画『共犯』のVIP試写会でポーズを取るナムギルさんとダルファンさん。写真の出処は画像内に記載。

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ポスターでは、まるで主役のような扱いのチャンソンさんですが、2PMのメンバーですから、日本での知名度でしょうか。私は、K-Popというよりは、NHK「ハングル講座」の方ですね。映画会社の新人AD役でコメディに挑戦。

また、AV女優出身のマネージャー役、イ・ミドさんがいい味です。ミドさんは、最近では、ドラマ『運命のように君を愛してる』のチャン・ナラさんの姉役で観たばかり。今後、注目したいです。

最初から後半近くまで、くすくす笑えるシーンあり、商業映画より下位に見られがちなアダルトならではの悲哀感ありですが、撮影後にキャスト・スタッフが一緒にご飯を食べるシーンなどに業界の温かさを感じたり。時々、年配の方らしい男性の大きな笑い声が聞こえてきました。韓国語のわかる方かも知れません。

映画を観てから知ったことですが、アダルト映画出身というパク・ボムス監督の体験が大きく反映されているそうです。アダルト映画の撮影風景もいっぱい描かれていますが、そこらへんを期待する方は肩すかしを喰らうでしょう(笑)。終盤は、涙、涙で、感動のクライマックス。

主役がユン・ゲサンという以外は何の前知識もなく観た映画ですが、いい映画でした。やっぱり、私の俳優を見る眼に狂いはない(爆)。DVDでもう一度観たいです。

ただ一点、映画そのものに何ら罪はないですが、最近の残虐な事件を間接的に連想させるシーンがあり、ちょっとドキッとしました。私の過剰反応に過ぎないですが。


アダルト映画のことを、台詞では、エロ映画と呼んでいるように聞こえました。アダルトと呼ぶようになった日本では懐かしい呼び名です。こんな単語を覚えて役に立つ日が来るかどうかはわかりませんが、ちょっとメモしておきましょう。

アダルト映画
에로 영화
エロ ヨンファ
Pornography/blue film, etc.

ちなみに、シネマート心斎橋では、『無頼漢 渇いた罪』公開に先立ち、9月26日(土)から、『美人図』と『後悔なんてしない』が一週間限定公開されます。一日一回。各作品を日替わりで上映。詳細が決まれば、また、お知らせいたします。

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by omasa-beu | 2015-08-28 13:20 | 韓国ドラマ/映画・韓国語 | Comments(4)

<インタビュー> 『美人図』の男、キム・ナムギル ②

台風15号は九州を通り抜け日本海へと北上、まだまだ猛威をふるっているようです。こちらも、先ほどから雨が降り出しましたが、明日の未明にかけて、さらに注意が必要なようです。毎年、毎年、台風やら大雨やら、この科学が発達した時代でも、自然災害に対処する方法はないのかとつくづく思います。

被害に遭われたみなさま、お見舞い申し上げます。どうか、大難小難ですみますように。みなさま、お気をつけくださいませ。

さて、昨日は、キム・ナムギルさんが映画『殺人者の記憶法』に出演確定というニュースが韓国メディアに一斉に流れたようです。日本語の記事は、こちら、イノライフさんをご覧ください。

ナムギルさん自身も、ファンへのメッセージで、「次の作品の撮影が始まる」と書いていますから、新しい作品が決まっているのは確かでしょうけど、それが、『殺人者の記憶法』か、『阿修羅』なのか、そのうち、はっきりとするでしょう(笑)

インタビュー『美人図の男』の2回目です。

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写真、お借りしました。

さあ...なるほど...(笑)
まず、『美人図』の出演を決めたきっかけを知りたいです。

映画というひとつのドラマを導いて行くためには、大衆に、関係者に認められなければならないし、演技的にもひとつのドラマを引っ張っていくことができる力がなければなりません。ところで、ぼくはまだ、そういったことが不足しています。これまで、ソル・ギョング、チョン・ジェヨン、パク・ヘイル、キム・ヘスなど良い俳優たちと作品をやってきましたが、現在、ぼくの現時点を素直に見ると、ぼくが彼らをサポートする役割以外に、まだドラマを引っ張って行ける力がありません。でも、『美人図』はキム・ミンソンさんがドラマを引っ張って行きますが、一人が一方的に引っ張っているのではないんです。 『モダンボーイ』のような場合は、ヘイル兄が一人でたくさん引っ張っていくので。もちろんそのために映画がちょっと退屈だったと思うけど...(笑)ぼくとヘス姉と毎日そんな話をしてるんです。(笑)

それ、記事に書いてもいいですか?(笑)

お書きください。大丈夫です。(笑)ぼくはカットされた部分も話すべき部分は、率直にすべて話す方だから。とにかく一人の俳優が一人でドラマ全体を導いていくのは大変です。 『モダンボーイ』でも、いくらヘイル兄がエネルギーがあるとしても、ぼくはチョ・ナンシルの時点でも多くの部分を見られたら良かったと思いますね。ところで、『美人図』という作品は、誰か一人が特出してドラマを導いて行ったというよりは、4名が一緒にドラマを引っ張って行かなければならないという利点がありました。そして、ぼくが今までしてきた人物たちの内面は、暗かったり、冷たかったりしましたが、シナリオを読んだ時、カンムという人物は、もう少し自分自身に近くて、キム・ナムギルという人をもっと自由に解放することができるキャラクターという気がしました。

ほんとうに一途に愛しますよね。そのカンムという方。

そうです。ところで、そんな部分において心配にもなりました。カンムは自分の命まで投げうって一途に愛する男です。でも、ぼくは一途であろうとしても、カンムのように命まで差し出して愛することができるかと誰かに訊かれても、「いいえ」と答えますね。ぼくは、そのように愛することはできないです。現実的な部分にたくさん当面するでしょうから。本当に明日すぐ飢え死にしそうなのに、だれか、女性に狂ってそんなことができる部分がないから。

そうですよね。お金なしに生きるとしても、いざ結婚して赤ちゃんを産んで粉ミルク代がなくなれば愛も見えないし。

ですから。そのような部分を考えるようになって、ぼくは「いいえ」と答えるんだけど、カンムは情緒的なこと自体が、ぼくの経験上知って考えていたこととは違うので、表現ができないように思いました。そうやって命を投げうって誰かを愛する心が、生きてきて少しずつ色あせて純粋さをたくさん失って行くから。実際、『モダンボーイ』の時、ぼくはユキコに向けたシンスケの想いを通して、男たちの愛を見せてあげたかった。もちろん、最終的に映画上でそのような部分は含まれていなかったけど。とにかく、男どもはロマンスと愛を区別できないんですよ。

そうですか? なぜですか?

おじさんたちも、子供がいて、妻がいて、職場があっても、自分をときめかせる女性が現れたら悩みますよ。でも、女性たちは今の安定した幸せを壊さないように苦労をするでしょう。多くの男どもは何かが近づいてきたとき、そんなことをするといけないと知りながらも、ときめきを抱いてどうすればいいかを悩んで躊躇します。そして、ロマンスと愛を区別できず混乱して。

私は男性のようです。

え? 男性でいらっしゃるんですね。(笑)でも、大体、女性の方がそうするより男の方がそうじゃないですか。劇中でシンスケの場合も結婚した状態でした。

そうですね。そんなことは一つも出てこなかった。

元々は、すべて撮影しました。カットされましたけど。(笑)『美人図』を選択したことの中に、ひとつも『モダンボーイ』で見せてあげられなかったことを見せてあげたいという考えのためでした。愛があったが、怖くて始められなかったのではなくて、現実的な恐れのために手を引いたとかの経験がある場合は、カンムを通して「私もあんな愛があった」と考えてくれればいいかなと。そんな様々な魅力のために、カンムを演じたいと考えました。

そうなんですね。『美人図』は最初から人々の関心をたくさん受けた作品だったじゃないですか。そのような映画に主人公として立ったが。

実際、ぼくは関心が多かったのか知りませんでした。ぼくは、『炎のように蝶のように』と『霜花店(サンファジョム』に出演する機会があったのですが、結局、そちらに心を決めませんでした。理由は、『霜花店(サンファジョム』の場合は、ぼくは今までやってきたものとは違うことをしたいので、前に映画『後悔なんてしない』で見せた同性愛コードがあるからであり、『炎のように蝶のように』は、ぼくが今、王を演じるにはちょっと手に余るからでした。結局、関心という部分は、ぼくが映画を選択する上で重要な部分ではなかったのです。ところで、演技する時、ぼくはいつもそうなんです。作品を通して、何か、のし上がるとか、商業部分を考えると、今までしていた作品と異なる作品をするんです。ドラマも入ってくるままにもっとたくさんやって認知度を上げたんだし。ところでそのような部分における重要性がまだよくわからないんです。

それでは、『美人図』は?

時代劇の人物はかっこよく見えなければならない部分がある程度あるけど、カンムはかっこよく表現できること自体がないので(笑)自由に解放されうる人物がもうちょっとユニークに見えることができると思いました。男のかっこよさを表現するよりも、自然さによりかかって表現する方がより魅力的ではないかという考え。いずれにしても、『美人図』のほか、史劇的な二つの映画はかっこいいキャラクターたちがいるので、演技的な部分を離れても、誰がもっとかっこいいかという競争をすることもあるんですよ。でも、カンムはそのような負担感がそれほど多くなかった。かっこよくなくてもいいから。(笑)

でも、かっこいいじゃない。

ああ〜ありがとうございます。今日のインタビュー、好き。(笑)

かっこよくなかったら、私、ここに来ませんでしたよ。

いや〜ありがとうございます。今日はカメラマンの方たちもそうだけど、すご~く皆さん。

いっぱいアップして差し上げますね。

はい、とてもたくさん。

そうですか。では、今から私は(写真に?)入らないように。(笑) ← 意味がわかりにくいです。訳、正確でないかも。ご指摘ください。
結局、シナリオを見て、そう考えて出演することになっても、シナリオに接した時と撮影に入った後、演技をしながら、また変わるんじゃないですか。

変わりますよ。

それから、自分はAという演技をしたのに、編集された最終パターンを見ると、Bと思われる場合もあり。

そんなのが大半ですが、『美人図』でそうだったのは、最初にシナリオを読んだ時、荒っぽい男を表現しなければならないと思いました。ところで(キム)ヨンホ兄自身が元々重量感のある俳優だし、キム・ホンドが武人らしく見えるほど武骨なのに、ぼくまで荒っぽい男らしさに焦点を合わせてみると、人物の対比が非常に減りそうでした。だから撮影しながらもいっぱい考えて編集されたものを観てみたら、天真爛漫ながら手なずけられていない野生馬の感じではあるが、少しは軽い、子供みたいに見える感じがありました。男が女を抱いてあげなければならないのに、むしろシン・ユンボクがカンムを保護してあげねばならない感じ。(笑)演技をしながらぼくが感じたままにすると、そんな人物が出てきたこともあり、そのような部分でぼくが考えてしようとしていたのが、こんな風に食い違うという気がしました。ところで、ほかの見方をすれば、そのためにキム・ホンドと対比される部分が多くなり得るだろうという気もしました。

キム・ホンドがちょっと太い竹のようならば、カンムは、

ぼくは葦(あし)です。(笑い)

カンムの性格は、序盤にはとても闊達です。そうするうちにだんだん変化します。ところで、カンムは明るくて天真爛漫であったことから暗く変わっていくのは、状況が変化するために変わるので、ユンボクがカンムを変化させたという気にはなりませんでした。

それはその通りです。カンムという人物自体が多様性を持っているんですよ。人は誰でもいろいろと異なる部分を持っています。ここで一部分のみを見せれば、それがキャラクター化されます。例えば『カン・チョルジュン公共の敵1-1』でぼくが引き受けたムンスはキャラクターであると思います。しかし、カンムはそのまま人物であることでしょう。状況に応じて、その状況に合うようにカンムが対処をするのか、ユンボクを通して、愛を知って変化する過程はさほど見せることができる部分はありませんでした。ところが、人々はカンムが愛する女性、ユンボクを通して非常に変わったという話をしました。

むしろ誰かが誰かを変化させたとするならば、シン・ユンボクがカンムを変化させたのではなく、カンムによってシン・ユンボクが変化したと感じられます。

そのような部分はあります。ぼくも個人的にはそう考えていますから。

この部分が人によって少しずつ解釈の違いがあるので、ご本人はどのように考えたのか気になりました。

シン・ユンボクがカンムを通して女性としてのアイデンティティを悟って、自分はこのように生きてはいけない、自分が持っている自由をもっと探したい、という自己探求的な考えをするようになるのです。人物の焦点をつかんで演技をするにあたっても、シン・ユンボクを通してカンムが変わっていくという設定をしていたのではないか。

美人図は、カンムとシン・ユンボクの愛だけがあるのではなく、複雑に絡み合っていることが多いじゃないですか。

そうですね。

ドラマの流れはシン・ユンボクに合わせてはいるが、人物たちが皆、強くて。

較べたら、ぼくは少しもヤワではないでしょう。図太いじゃないですか。(笑)

他の人たちは目つきが皆きついじゃない。(笑)  でも、唯一違うのが、すべて気にするな、お互いだけを見ればいいだろう、という人がカンムです。なので、そんな激しい人たちの中で自分の感情線を放さないで行くのはちょっと大変ではなかったかと思われます。

人物構図をそのように作って演じたこともあります。 ある一つの人物が強くてその人物に巻きこまれて演技をしてみると一緒に強くなり得る部分があるので大いに心配しました。 でも、監督が人物線についてディテールな部分をたくさん選んでくれました。 それから、ぼくが巻きこまれなかった理由はカンムという人物の性格そのものが明るいためです。 ぼくは、本来、性格が明るく情に厚く人が好きなんです。 映画序盤、市場の通りでのカンムの姿はとても明るいです。 それから、もっと明るくなければならないという気もして。 そのためにカンムに対する呼吸をさらに保とうと現場でいたずらをしてスタッフたちと遊んで撮影に入れば、「何を撮ればいいんだ? 何だっけ?」そんなことをしながらやりました。 『モダンボーイ』や『カン・チョルジュン公共の敵1-1』は現場で明るくしていたが撮影に入れば集中してやらねばなりませんでした。 だから、『美人図』は、ぼくより他の俳優の方がもっと大変だったでしょう。 感情が強い人物を演じて集中すべきなのに、ぼくはそばでまさに飛び回ってふざけたりするから。(笑い)

映画でカンムがシン・ユンボクを愛するのは過程ではなく、本当に瞬間のような気がします。

最初は愛であるよりも憐憫の方が多いようです。ユンボクの胸を見て触ろうとして顔を合わせます。それが最初の意外性です。どうしてこれほどまで、女性だったのにという意外性。だけど、実際は、シン・ユンボクの眼を見てカンムがその感じを受けたんです。シン・ユンボクがぼくを振り返って見た時、その女性の眼にこもった痛みを見ながら意外性や憐憫を感じたのです。カンムが女はたくさん知っていてもそのような感じの愛に対する経験はあまりしてみなかったから。そんな意外性や瞬間的憐憫に対することが重なってみると、愛もそのように感じられるんだけど、ある意味、瞬間的な部分が弱いことが多いです。それがもっと顕著に表現されていればよかったんですが。

私もその部分がちょっと残念に感じられます。 感情のディテールな部分。カンムが身体があらわになった女を見て、あるいは、その瞬間、ユンボクの眼を見てどうしてそんな短い瞬間に愛に陥ることができるかと。

それは演技的な部分においてぼくがきちんと表現をできなかったためです。言い訳をすると、時間的な部分に追われて映画を撮ったからであり。個人的なことで言えば、観る人をして眼ひとつで、「ああ!この人は瞬間的に何かを見たよね」そんなことを眼差しで表現すべきだったのに、まだぼくの経験が多くなく、演技的な部分がとても浅いので。

そうですか...

いや、ほんとに、事実です。人々は「カンムがユンボクのどういうところを見て恋をしたのか分からないです」。それでは、それが、演出的な部分や、多くの他の理由があり得るかもしれないけど、演出的な部分がどうであっても、俳優がそれをそれほど表現できなければ、それは俳優の演技的な部分に問題があるんです。ぼくは個人的に『パイラン』という映画をすごく好きなんですよ。

チェ・ミンシクさんが出てるの。すごく...

話にならなかったシナリオでも、チェ・ミンシク先輩はそのように演技をしたじゃないですか。最後に泣くのはおかしくなかったしね。セシリア・チャンが死んで入ってきたとき、コン・ヒョンジンが「ヒョン、演技がうまいな」とそう言ったときでも、チェ・ミンシクの演技はオーバーにはならなかった。瞬間、「ぼくもあのようすることができるみたい」そんな感じがしたのだから。そのため、カンムがユンボクを愛するようになる瞬間が完全にうまく伝達されていなかったのは演技部分についてのぼくの手落ちでしょう。(笑)

家に帰って、また、『パイラン』を観なくちゃ。

ほんとに、あの映画、すごく好きなんだ。

『美人図』は愛の物語であり、久々に相手俳優が、

女でした。(笑い)

私は、『カン・チョルジュン公共の敵1-1』でナムギルさんの相手俳優はソル・ギョングと信じています。 『モダンボーイ』の時は、パク・ヘイル。 『後悔なんてしない』は言うまでもなく。(笑) 久しぶりに女の方で、露出シーンまでこってりしていて、

ぼくは、自分が撮ったせいか、こってりという気はしないんだけど..

私がそのような映画をたくさん見ないからです。(笑い)どうでしたか? キム・ミンソンさんと呼吸を合わせたが、もちろん男優も自身の露出が負担になるでしょうけど、どうしてもそのような状況では、男優が女優をさらにリードしてくれて雰囲気を作ってあげねばならない部分があるはずですが。

どうもそうするしかなかったのは、ぼくが撮影現場で末っ子なのでそうだったこともあるが、それが好きで。

何がお好きですか?(笑)

いや。ベッドシーンを好きだというのではなく(笑)、撮影現場の雰囲気を作るのが。映画自体がスタッフたちももそうだし女優の顔色を見るほかはない状況でした。監督もベッドシーンが初めてだったし。ぼくは三度目のベッドシーンだったので、特に服を脱ぐことについてプレッシャーはあまりありませんでした。もちろん身体を作って運動をする上で俳優たちがストレスを受けることはあっても、これは朝鮮時代なのに男が身体がごつごつしているなら、現実的なリアリティに欠けるでしょう。実際、そういう時だけ、リアリティをすごく考えるんだけど…(笑)

まだまだ続きますが、残りは、次回に。
by omasa-beu | 2015-08-25 18:17 | 映画 美人図 | Comments(24)

キム・ナムギル 釜日映画賞主演男優賞にノミネート

こういう映画賞があったことすら知らなかったのですが、『無頼漢 渇いた罪』の演技でのノミネート、おめでとうございます。

ナムギルさんがお好きな俳優さんたちが候補に挙がっていますから、授賞式では旧交を温められることでしょう。授賞式は、日本で『無頼漢 渇いた罪』が公開される前日ですね。吉報を期待しています。

詳しくは、下記の釜山日報の記事をご参照ください。日本語訳は、翻訳機をベースに多少わかりやすくしました。(元記事


第24回釜日(プイル)映画賞を輝かせるスターのなかのスターは?
2015/08/20

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左上から時計周りで、『暗殺』、『無頼漢』、『自由が丘』、『夢より夢占い』、『極秘捜査』(釜山日報DB) 写真、お借りしました。


韓国初の映画賞で最高の歴史を誇る「第24回釜日映画賞」に向けたスターたちの戦争が始まった。

釜山日報社は20日午後、本社6階の会議室で第24回釜日映画賞本選審査を行った。

10月2日開催・15部門授賞
アン・ソンギ、イ・ジョンジェ、キム・ユンソク...
チョン・ドヨン、キム・ヘス、チョン・ジヒョンなど
それぞれ男女主演賞候補に上がっている

昨年8月から今年7月末までに韓国で公開された韓国映画を対象に、15部門の審査が行われた。

イム・グォンテク監督が審査委員長を務め、ホ・ムニョン映画評論家、ユ・ジナ東国大学教授、チュ・ソンチョル・シネ21編集長、チョン・チャンイルBIFFアジアフィルムマーケット副委員長、チュ・ユシン・ヨンサン大学教授、ナム・イニョン東西大学教授、オ・ドンジン・ソウル環境映画祭副委員長、キム・ホイル釜山日報副局長が審査委員に参加した。

同日、本審査では、予審を経て、およそ5倍の数ほど推薦された候補作と候補らについて熱のこもった討論が行われた。

グランプリと言える最優秀作品賞候補には、1千万人の観客を突破した『暗殺』(チェ・ドンフン監督・ケーパーフィルム)をはじめ、『無頼漢』(オ・スンウク監督・サナイピクチャーズ)、『自由が丘』(ホン・サンス監督・映画製作全員社)、『極秘捜査』(クァク・ギョンテク監督・ジェイコンカンパニー)、『夢より夢占い』(イ・グァングク監督・映画社レンガ)が名を連ねた。最優秀作品賞は製作会社の代表に与えられる。

最優秀監督賞候補には、102番目の作品である『化粧』を作った巨匠イム・グォンテク監督をはじめ、クァク・ギョンテク『極秘捜査』、ホン・サンス『自由が丘』、オ・スンウク『無頼漢』、チェ・ドンフン『暗殺』監督が選ばれた。

最優秀作品賞候補映画を作った監督たちがほとんどそのまま最優秀監督賞候補に上がり、オ・スンウク監督は新人監督賞候補と最優秀監督賞候補に同時に名前を連ねた。

主演男優賞候補は、アン・ソンギ『化粧』、イ・ジョンジェ『暗殺』、キム・ユンソク『極秘捜査』、キム・ナムギル『無頼漢』、パク・ジョンボム『生きる』が上がり、演技派俳優たちの錚々(そうそう)たる対決が予想される。

主演女優賞候補は、チョン・ドヨン『無頼漢』、キム・ヘス『チャイナタウン』、ヨム・ジョンア『カート』、チョン・ジヒョン『暗殺』、ギム・ゴウン『チャイナタウン』が選ばれた。

助演男優賞候補は、イ・ギョンヨン『少数意見』、ユ・ヘジン『極秘捜査』、オ・ダルス『国際市場』、イ・ソンミン『客』、チョ・ジヌン『暗殺』、オム・テグ『チャイナタウン』が名を連ねた。

助演女優賞候補はチョン・ウヒ『客』、ハン・イェリ『ヘム』、キム・ヘジャ『犬どろぼう完全計画』、キム・ホジョン『化粧』、ムン・ジョンヒ『カート』が選ばれた。

イ・ギョンヨンは予備審査で『少数意見』と『情報提供者』の二本の映画がすべて候補に上がり、優れた活躍を見せてくれたことを確認できた。

今年は映画界の新人たちの活躍も目立った。新人監督候補にキム・テヨン『巨人』、キム・グァンテ『客』、ハン・ジュニ『チャイナタウン』、ウ・ムンギ『サッカー王』、ホン・ソクジェ『ソーシャルフォビア』、オ・スンウク『無頼漢』監督が上がった。

新人男優演技賞候補には、パク・ユチョン『ヘム』、キム・ウビン『二十歳』、ビョン・ヨハン『ソーシャルフォビア』、チェ・ウシク『巨人』、アン・ジェフン『サッカー王』が選定され、新人女優演技賞候補にイ・ソム『マダムペンドク』、パク・ソダム『京城学校』、キム・セビョク『真夏のファンタジア』、クォン・ソヒョン『マドンナ』、イ・ユヨン『アトリエの春』が競う。

釜日映画賞は、このほかに脚本賞、撮影賞、音楽賞、美術賞を授賞し、特別賞として、故ユ・ヒョンモク監督の青年映画の精神を称えるユ・ヒョンモク映画芸術賞と釜日読者審査団賞を授賞する。

釜日映画賞は、1958年、国内初の映画賞として作られ、1973年、第16回で中断されたが、35年ぶりの2008年に復活し、今年で第24回を迎える。

韓国で最古の歴史があり、公正な審査で名声を得た。 第24回釜日映画賞の授賞式は、10月2日、海雲台グランドホテルで開かれる予定である。

キム・ヒョジョン記者
by omasa-beu | 2015-08-21 14:40 | 映画 無頼漢 渇いた罪 | Comments(8)

<インタビュー> 『美人図』の男、キム・ナムギル ①

昨夜から断続的に降っている雨のおかげで、ほんの少しだけ、暑さが和らいでいるようです。みなさま、お元気でいらっしゃいますか。

シネマートさん情報によると、『無頼漢 渇いた罪』前売り特典第二弾が8月26日(水)より配布開始ということです。その特典の特別映像DVDが一体どんな内容なのか気になります。予告編集かな。まずは、シネマート心斎橋まで出向く必要がありますね。
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詳しくは、こちらのサイトをご覧下さいませ。

さてさて、このところ、ちょっとウツ気味というのか、単に怠け者のせいか、ブログにも向き合えない日々が続いています。ただ、キム・ナムギルさんの文章、彼についての記事だけは、やはり好きみたいで、かつて、リンクだけして、訳していなかった『美人図』の頃のインタビュー記事を少しずつ読んでいます。翻訳機ではわかりにくい日本語のみ、多少、見直してます。ロング、ロングインタビューなので、何度かに分けてアップしてみます。本日は、本題の美人図の話題に入るまで。掲載写真は元記事にてご参照いただければ幸いです。


『美人図』の男、キム・ナムギル - 純粋な愛で女人を抱く -

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カンムは青かった。その青さは純粋さの結晶となり、男を泣かせて「彼」を「彼女」に変化させた。しかし、互いを抱く心は、現実の激しい暴風雨のために苦しい切なさとなった。そして、互いの手を放さざるを得ない悲劇は、筆先で伝える胸の中に満ちる情となり世の中に残された。

この感情すべての旋律は、カンムという名前を重ねたキム・ナムギルによって描かれた。誰より明るくあっても、だからこそ、さらに胸を痛めたカンム。キム・ナムギルは、カンムの眼差しで生きる間、楽しかったり悲しかったり、時には、寂しかったと語った。それから、瞬間の愛に命を捧げるという無謀なほどに純真な男が自分から発散されるかを真剣に悩んだと語った。
結局、すべての考えを振り払ってカンムとなり、シン・ユンボクが抱くただ一つの愛となる『美人図』を満たした。

「キム・ナムギル」は「イ・ハン」であったし、「イ・ハン」は、率直な自分の名前「キム・ナムギル」の前に席を譲った。新たに始める気持ちと演技について率直さを抱こうとした彼の想い。そうやって、真心がこもった俳優であろうと願う彼の信念に「キム・ナムギル」という自身の名前三文字をかぶせて、彼は、2008年、『カン・チョルジュン公共の敵1-1』、『モダンボーイ』、『美人図』というカラーの違う線の太い映画で存在を輝かせた。

キム・ナムギルは、いつも変化しようとしている。その変化は、いつも多様性と新しさを含め、それによって見慣れた彼を再び見慣れない者として向き合わせたりもする。配役を通した絶え間のない馴染み薄さは、俳優であることを願う彼の不敵な鋭敏さなのだ。キム・ナムギルという名前を通して繰り広げられる今後の幾多の挑戦がいつも俳優という修飾語に投影されるよう願う。

文 キム・ソニョン記者、写真 クォン・ヨンタン、デザイン イ・ギソン

2008.11.24


『モダンボーイ』のマスコミ試写会の場でキム·ナムギルさんを初めて見ました。実際に見ると、とても素敵で会いたかったんですが、こうして、『美人図』でお会いすることになりました。

いや..ありがとうございます。(笑)

ところで、シンスケの役割が原作では多くの比重を占める人物でしょう。だから映画でも多くの期待をしましたが、思ったより量が少なくて少し惜しかったと思います。

元々、最初の編集本にはぼくはすべて出ています。ところが、映画が二人の俳優のメローに焦点を合わせてみると、たくさんカットされました。ぼくが出ると、そのような部分が複雑になるので観客の理解を助けるためにそうしました。率直に言って、ぼくは、最近の観客がそのような部分を理解できないだろうとは思いませんが、映画を作る製作者の立場では、そのように考えたようです。しかも、ポスターからも外れて少し気がくさったりもしました。それでも映画がうまくいったら、悔しくもなかったのですが。

そうですね。興行が期待ほどではなかったのですね。

100万を超えなかったので。ところで、その時は、劇場自体に全体的に人があまりいませんでした。最初にボックスオフィス1位をとっても、それが何の意味があるのか、あれだったから。そんなことがたくさん残念でした。

最近、全体的に劇場に人があまりいなくて..とにかく、『モダンボーイ』の原作はお読みになったでしょう?

もちろんです。おちぶれたり、死なずに生きることができるのか。

そこではシンスケが東京で最高の美男に設定されているでしょう。

だから。(笑)シンスケを描いた部分になって長く出てきて、ぼくはホントに...(笑)

映画の中でビジュアル的な部分は、私が考えたシンスケの姿によく合致していました。でも、原作よりも少し冷たいように思えました。

カットされた部分を見ると、へミョンと楽しく遊ぶ場面もあり、愛の話もあってシンスケの温かい部分がたくさん見えます。そんな後に、仕方なく急変する部分が出てくるのです。ところで温かい部分が削除されてるので、シンスケが愛について悩んだり、涙を呑んでへミョンを取り調べるシーンに対して、やるせなく思ってないように見えてたんです。

原作を見なかったら、特にそのようです。

何人かは、シンスケがオ・ガイを捕えたこともへミョンを通してチョ・ナンシルを捕えるための計画だったと話してましたが、ぼくが考えていたシンスケはそのような意図はないんですよ。そのようなものは編集によって説明が不足した部分です。そして冷たいというのは外的な部分においてもそう見えるみたいです。その部分は、『エロス』という映画のチャン・チェンを見て、モチーフを引用しました。

『モダンボーイ』でカットされた部分のためにちょっと残念でしたが、とにかく『カン・チョルジュン公共の敵1-1』、『モダンボーイ』、『美人図』まで2008年だけでも続けて三本に出ています。映画界の不況にあって、多作俳優じゃないですか。(笑)

(笑)人々がそのような話をすごくしますが、それに何の意味があるのかといっぱい考えました。かつては「今年は三本じゃないか」と言ったり、「うん? 三本やったね」という考えもしたが、その三本という意味がそれほど多くの作用をするのではないようです。演じてきた人物がすべて違って見えるので、同じ俳優が三作品に出たと考えない方もおられたり、「そいつや、そいつや」(笑)という方たちもいらっしゃいます。

そうです。全部、違う人みたいです。

だから、その三本が個人的な経験なりクオリティ的な面で発展をもたらす部分ではあり得ても、他のことにおいて、大きな意味で作用はしません。

では、その三作をやりながら、元々、芸名で使っていたイ・ハンから本名であるキム・ナムギルに変えられたでしょう。イ・ハンであれ、キム・ナムギルであれ、いずれにしても、本人は本人ですが、それでも感じは違っていなかったですか?

カン・ナムギル先輩と名前が重なる部分があったので、「クムスン」の時から「イ・ハン」で活動しました。でも、活動しながら、本人の名前をかけて演技する先輩たち見て、自分の名前をかけてするのがどんなものか、ぼくがする仕事に自分の名前をかけてするのがどんなものかについて考えるようになって、切望が生じました。そして、イ・ハンも出るし、キム・ナムギルも出るけど、イ・ハンというマネジメント的な名前とイメージよりは、自分の本名を使って、率直な立場で演技をできれば良いと考えました。そうすると、より透明性を持って最初からやり直すという意味を持つのではないかという気にもなりました。

周辺では、何と?

当時、カン・ウソク監督、チョン・ジウ監督、(ソル)ギョング兄はぼくの芸名があるのに本名をたくさん呼んでくれました。ギョング兄は笑い話として「おい! イ・ワン、イ・ハン、イ・オン、何だ、そりゃ、何だよ、おまえたち、兄弟かよ〜?」(笑)なんておっしゃっていました。とにかく『カン・チョルジュン公共の敵1-1』を公開するので、カン・ウソク監督がクレジットに名前をどうするかと電話をくれました。そのときは、本当にすごく悩みました。考えていても、いざ、その瞬間にはどうすべきかわからないんです。そうするうちに、最終的に「キム・ナムギルで行きます」と決めて、チョン・ジウ監督やギョング兄に電話して「これで大丈夫でしょうか?こう決めました」と。すると「おまえが自分で決めることだろ。それをなんでおれたちに訊くんだよ」と言うんですよ。(笑)いや〜、自分たちがたきつけておいて。

彼らはたきつけておいて 「さあ...何、おれは..よく.. 」という訳で。(笑)

今はそうしてよかったという気がします。周りの先輩たちもそう言ってくださいますし。

ところで、なぜ、そのあたり、変えなかったのですか? 私はインタビューのために完全ストーカーのようにナムギルさんの調査をしたのですが、インターネットにキム・ナムギルと打つと、まず、イ・ハンと出ます。今とイメージが全く違う写真と。

そうでしょ。それはなぜ変えないんだ? 提案するようにしますよ。(笑)

はい。では、これから本格的に『美人図』の話をしてみましょう。私の質問はそれほど難解ではありません。(笑)

いいえ。難しくてもいいです。

ところで、私は、そういうのが好きです。私が他の人たちと同じことを訊いても、相手が私に答える時に違えて答えてくれること。ちょっと利己的でしょ。(笑)

返答するのは常に異なるようにしようとしています。人によって違うから。ぼくはインタビューが好きなんですが、インタビューはただ映画の話をするということよりも、ぼくが記者さんに初めて会ってぼくの話をし、記者さんが話をし、そうやって知り合って行って縁を作り、さらに真摯な個人的な話をして、というのがより重要だと思います。インタビューで無条件に映画についての質問だけして返答をするのなら、メールで交換してもいいんですから。

そうですか? よかった。こんな俳優たちがますます増えなければならないでしょう...

みんな、このようにしませんか? 周りから見ると..(笑)

(続きます)

最後に、本日解禁となった『無頼漢 渇いた罪』の日本版ポスターヴィジュアル。Kstyleさんからお借りしました。
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by omasa-beu | 2015-08-20 20:20 | 映画 美人図 | Comments(6)

Road Story - 尋牛荘

ひと月ぶりに梅田まで出かけてきました。お盆のせいか、いつもよりも人出が多く、また、浴衣姿の若い男女をたくさん見かけました。花火見物の人たちでしょうか。こういう人混みにもまれた後は、いつも眠りにつくことが出来ません。自分の身体や神経が人の気(け)にやられてしまうようです。

仕方ないので(笑)、15日のGilStory FBにあげられていたRoad Story(尋牛荘)の添付写真をお借りしてきました。
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尋牛荘の訪問帳のようですね。一番下の行の右の欄にキム・ナムギルさんのお名前が見覚えのある書き慣れた文字で記されています。その左の欄は訪問目的。「文化探訪(문화탐방)」と書かれているようです。

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Track 4. 심우장 尋牛荘(シムジャン)

성북구립미술관 건너편 길을 5분 정도 오르면,(城北区立美術館の向かいの道を5分ほど登ると)
도포를 걸친 한용운 동상이 벤치에 앉아있습니다.(道袍をまとった韓竜雲(ハン・ヨンウン)のブロンズ像がベンチに座っています)
그 옆으로 ‘님의 침묵’ 시가 적힌 비석도 보입니다.(その横に「あなたの沈黙」という詩が記された碑石も見えます)

나무계단을 따라 조금만 위로 올라가면(木の階段を辿って少し上がると)
좁고 비탈진 골목길이 나타납니다.(狭くやや急な坂道の路地が現れます)
그 길을 곧장 가면, 심우장입니다.(その道をまっすぐ行くと、尋牛荘です)

깨달음에 이르는 과정을 소를 찾는 것에 비유한(悟りに至る過程を牛を捜すことに喩えた)
심우장은 승려이자 시인, 독립운동가였던 한용운이(尋牛荘は、僧侶であり詩人、独立運動家だった韓龍雲が)
마지막 생을 보낸 작은 한옥입니다.(最後の人生を送った小さな韓屋です)

작지만 함부로 쳐다볼 수가 없습니다.(小さいけどぞんざいに見ることはできません)
심우장은 조선총독부가 있는 남쪽을 등지고(尋牛荘は朝鮮総督府がある南を背にして)
북향으로 지었다고 합니다.(北向きに建てられたそうです)

조국의 빛이 아니면 등을 돌렸던 한용운.(祖国の光でなければ背を向けた韓龍雲)
그런 고집스러운 모습 뒤에는,(そんな頑固な姿の裏には)
지금까지 찬란한 후광이 비추고 있습니다.(今まで輝かしい後光が照らされています)

집 안은 전시공간입니다.(家の中は展示スペースです)

눈부신 북향, (まばゆい北向き)
심우장(尋牛荘)

http://file.ssenhosting.com/data1/teamgil/sim4.mp3

上の文章の中にある韓竜雲さんのブロンズ像。
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出処は画像内に記載されています。
by omasa-beu | 2015-08-16 03:51 | Gil-Story | Comments(9)

公益勤務時代のキム・ナムギル

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公益勤務中の2010年10月22日、キム·ナムギルさんがモンゴル地方自治政府から功労賞を受けた折の写真です。

<キム・ナムギルは4月、韓国の文化観光省、韓国文化産業交流財団、駐日韓国大使館の後援と日本フジTVと日本NPO法人日韓文化交流会の主催で開催された「第3回日韓友情フェスタ」に特別ゲストで参加したが、「第3回韓日友情フェスタ」で集められたチャリティー基金がモンゴルの貧民村であるバインソムの井戸掘削と整備、幼稚園改善補修作業などに活用されて、モンゴル地方自治政府がこれに協力したキム・ナムギルに功労賞を贈ることにした。>(BUNKAKOREAより)

今更の情報ですが、韓国ドラマ『密会』のなかで、主役のユ・アインさんが公益勤務の前に着替える制服を見て、あっと反応してしまいました。ドラマですから、まさか、現実と同じ制服を着用するとは思ってもいませんでした。もっとも、デザインは似ていますし、左腕の公益服務と書かれたワッペンも同じかと思いますが、ドラマの方には、左胸に縫い付けられている名前が見当たりません。

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(テレビ画面からキャプチャさせていただきました)

公益要員の仕事として、ユ・アインさんが、郵便を配ったり、事務所の清掃をしたりする姿を見ながら、ナムギルさんも、こういう仕事をやってたのかなと過ぎ去りし日々に想いを馳せてしまいました。そう言えば、2013年1月の1st Japan Tour で、公益勤務でいやだった事は何ですかと古家正亨さんから訊かれたナムギルさん、「コピー」と答えていましたっけ(笑)

公益勤務に就いてから3か月ばかり経過した頃ですが、俳優ではない、素のナムギルさんも魅力的です。
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(公益中の写真出処は画像内に記載されています)

公益勤務要員
공익 근무 요원
コンイク クンム ヨウォン
by omasa-beu | 2015-08-12 01:26 | 今日のひとこと | Comments(10)

Gil Story 8月の物語

今月のテーマは、世界。いつもよりゆっくり目の更新です。
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大空の拡がり。その空の色と一体になっている山山の稜線が素敵です。

새로운 세상을 만날 때면
그 세상의 빛을 머금은 하늘을 가장 먼저 찾아본다.

新しい 世界に 出合うときは
その 世界の 光を 擁する 空を 一番 先に 探してみる。

Whenever I meet a new world
I first try to look for the sky holding the light of that world.

日本語訳、英語訳は、ナムギルさんの韓国語に添って忠実に訳してみました。

新しい世界とは、次に撮影する映画のことか、それとも、何か新たな出会いがあったのでしょうか。

ナムギルさん撮影の写真を見ると、これは、いつ、どこで撮られたのかとまず考えてしまいます。これはどこかな。NZ? 

次の映画撮影に入るまでの短い時間、好きな旅行で気分転換できていればいいですね。できれば、ご本人の近影を拝見したいものです。
by omasa-beu | 2015-08-10 15:26 | Gil-Story | Comments(4)

北野天満宮七夕祭

先日来、楽しませてもらった「京の七夕」は今夜で終了します。昨夜は、食後の散歩を兼ねて、会場のひとつ、北野天満宮七夕祭を見物。

日が暮れてから天神さんを訪ねるのは大晦日以外では初めて。日曜の夜のせいか、たまに若いカップルか、写真機を持ったオジサンに行き交うほかは、静まりかえっているのが不気味でした。

次の写真は本殿入り口の中門ですが、いつもは拝礼のために列を作っている人もなく悠々の参拝です。
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御土居の下、紙屋川にかかる朱色の鶯橋の上にも笹の葉がライトアップされています。あたりは闇のなか。
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木々の上からキーキーという鳴き声が聞こえたり、草むらからはかそこそ音がしたり、むき出しの腕に何かわからない大きな虫がとまったり、緊張の七夕見物でした(笑)。
by omasa-beu | 2015-08-10 15:20 | 日々のこと | Comments(2)

暑中お伺い申し上げます。

昨日は、キム・ナムギルさんが映画『殺人者の記憶法』に出るの出ないのという情報が飛び交っていたようですが、真相はどうなんでしょうか。ご本人の言葉で「他の作品の撮影を始めます(다른 작품에 찰영을 시작합니다)」と語っているのですから、何かの作品が決まっているのは確かでも、まだ発表できない事情があるのでしょう。

個人的には、『阿修羅(아수라)』よりは、ソル・ギョングさんと共演できる『殺人者の記憶法(살인자의 기억법)』に魅力を感じます。相手役も今までにない若手がキャスティングされているようですから、ナムギルさんとのケミストリーを観てみたい気がします。玉手箱を開けてみてのお楽しみということですね。

さて、最近は、昼間の熱気を避け、夜になると散歩に出かけるという生活です。さすがに、夜も8時頃になると、心地よい風が吹いています。昨夜は、「京の七夕」の目玉のひとつ、二条城二の丸御殿のプロジェクションマッピングとやらを見物してきました。何より、入城無料というのが魅力です(二の丸御殿の一部のみ)。

修復中の東大手門を入った右手にある番所。暗いなかで見ると Back to the future!
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ライトアップされた唐門。奥に見えるのが二の丸御殿の一部。
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2012年からの作品が次々と繰り返し上映されています。
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投影される映像に見入ったり写真を撮ったりした後、二条城のお堀の周りを1.5周してから帰宅。東南隅櫓
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シャワーを浴びてすっきりするとお腹がすくのでその辺にあるものをつい食べてしまうという悪癖。お腹まわりをへこますために歩いているのに、これでは逆効果です!!

みなさまも、お身体ご自愛のうえ、この夏を乗り切ってくださいね。

今日のひとことは、ナムギルさんのメッセージを拝借。

いつも健康で、また会えるその日まで、ファイティンしてください。
늘 건강하시고 다시 만나는 그 날까지 화이팅 하세요.
ヌル コンガンハシゴ タシ マンナヌン ク ナルカジ ファイティンハセヨ。
Hope you will stay healthy until the day we meet again. Good Luck!
by omasa-beu | 2015-08-06 13:29 | 今日のひとこと | Comments(8)
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♪ ♪ Kim Nam Gil Forever ♪ ♪  韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆ドラマ『名不虚伝(ミョンブルホジョン)』11/17からMNETにて放送開始!!


by omasa-beu
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