おまさぼう春夏秋冬

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アメリカ映画「イルマーレ(The Lake House)」を観て

韓国映画のリメークとあって最初はついオリジナルと比較していたが、途中からそんなことは忘れてしまった。2006年に生きるケイト(サンドラ・ブロック)と2004年に暮らすアレックス(キアヌ・リーブス)が湖畔の家のメイルボックスを介して時空を超えた手紙を交換する。次第に明らかになる二人の関わりが異なる時を交錯させながら韓国版以上に密に描かれていた。

やりがいのある仕事があっても、ひとりで生きるのがむなしいときもある。ふたりで暮らしていても寂しいこともある。ケイトの心の動きに共感し、だからこそ、相容れない時空に生きるアレックスとの魂と魂のふれあいが静かな愛を感じさせる。

大学生の夏、子供たちの付添いでキャンプをしたことがある。そこで出遭った医学生と二人きりでハンモックに並んですわりながら夜の一刻を過ごした。将来は無医村で仕事をしたいという彼の話を私は黙って聴いていた。初対面の男の子と密着してすわりながら、とても心地よい瞬間だった。映画を観ての帰途、このハンモックくんがふと思い出された。その後いくつもの恋をしたのに、数時間を共有しただけのハンモックくんが実は私の魂のひとだったかも知れない。な~んてね。

ケイトとアレックスを結ぶ犬の名前がジャックというのには笑ってしまった。キアヌとサンドラが共演した「スピード」でのキアヌの役名であったからだ。脚本家のちょっとしたお遊びでしょう。アレックス父役のクリストファー・プラマーは「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ大佐からもう40年、いつ見ても存在感ありますね。

2004年と2006年のシーンの交錯がわかりにくい面もあるし、余韻を残さないラストが残念な気もするけれど、私は十分満足させてもらった。

by omasa-beu | 2006-09-28 00:54 | 映画、TV、本、音楽 | Comments(0)

明日ではなく、今日から。

"今日は私がこれから生きて行く日の初日"
(오늘은 내가 앞으로 살아갈 날의 첫날)

ある韓国の俳優さんが引用していた言葉だ。
ダイエットにも言えることだが、「明日からやろう」ではダメ。今から、今日からが大事。

土・日の2日間で、録画だけして忘れていた韓国の時代劇「海神」51話を早送りで見る。ドラマを堪能するには邪道な見方だけれど、ストーリーの展開に惹かれ、見終わったのが今朝の6時。ちょっとだけ横になるつもりが目を覚ましたら午後の1時半だった。

これが"初日"ではなあ!! 

by omasa-beu | 2006-09-25 18:55 | 韓国ドラマ/映画・韓国語 | Comments(0)

お彼岸

今日も無事にお墓参りに行ってきました。

最近はお寺にマイカーで来る人が多く、おっさん(ご住職のことですが、そこいら辺のオッサンとはイントネーションが違います)自ら墨染姿で車の整理をしてられました。

お盆のときには「今度はお彼岸にくるね」とお墓に声をかけたものだけど、その秋が来て、今日は「次はお正月にね」と辞してきました。

こうして歳をとってゆくのですね。私の話題っていつも線香くさい!
by omasa-beu | 2006-09-24 00:31 | 日々のこと | Comments(0)

韓国ドラマ「兄嫁は19歳」余波

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当ブログのアクセス数が最近増えている。
「兄嫁は19歳(형수님은 열아홉)」がネットで見られるので、ケサンくんに目覚めた新たなファンの方がたどりついた結果のようだ。


ケサンくんの写真をトップに置いているように、私は「兄嫁」を見て以来のケサンくんファンの端くれだけれど、主に日常のあれこれを書いているので、ケサンくん目当ての方には申し訳ないことです。

f0020564_12534377.jpgYahoo! Korea で윤계상(ユン・ゲサン)と入力(または、このハングル名をコピー・ペイスト)すれば、写真やケサンくん関連記事が見られます。自分でいろんな情報を探しまわるのが私にはとても愉しかったし、その喜びを新しいファンの方にもお分けしたい。やっぱり、京都人のイケズになるのかな。もちろん、日本のファンサイトにも情報満載ですよ。

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by omasa-beu | 2006-09-22 13:07 | 韓国ドラマ/映画・韓国語 | Comments(4)

安倍新総裁へ

「美しい国」より「安全な国」にしてほしい。  
   - 若い女性@街頭インタビュー

総裁という立場になるだけで、カメラの前に立つ安倍さんは今までとは違って見えます。

拉致被害者の全員帰国を手始めに、安全を誇っていたかつての日本に戻してほしいですね。
by omasa-beu | 2006-09-20 21:13 | 日々のこと | Comments(0)

ICHIRO-MONDOW ~Two Chairs~ 採録 (井上雄彦の巻) on よみうりTV 9/16/2006

イチローとゲストの二人による連想問答である。
本日のゲストは、漫画家、井上雄彦。3回目。
一 連想せよ 一
この日のテーマ: 形       <XXX>内が連想ワード

<自己表現>
井上: 素直が一番。
イチロー: 野球。
<師匠>
井上: 学んだけど、学んだことが出来てない。
イチロー: 生き様で教える。
<俺流>
井上: 見切り発車。
イチロー: しっかりと説明が出来ること。
<形>
井上: 常にちょっとずつ変わるもの。
イチロー: 自由。                    (問答終了)

イチロー語録
「誰かに教えてもらって、『形』を作ってきたわけではなくて、自分でやりたい放題にやってきたのです」
(2002年、シーズン終了後の言葉)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

この番組もちょっと飽きてきたかな。ひとつには同じゲストを順繰りでやっているしね。イチロー選手がシーズン前にまとめて収録した番組なのでしようがないけど、そのゲストに興味がない。まあ、最後まで見てみよっと。
by omasa-beu | 2006-09-17 15:53 | ICHIRO-MONDOW | Comments(1)

池波正太郎「夜明けの星」(文春文庫)

無職無収入の私。本代もバカにならず、かといって、新刊を図書館で借りるのは至難の技。当分はわが本棚にある本を再読することにしよう。

時代は江戸。堀辰蔵は敵討ちの旅に出て早や18年。有り金を使い果たし、行き違いから煙管師を殺害する。辰蔵は自分が殺めた男の一人娘、13歳のお道に胸の痛みを覚える。

3年後、闇の仕掛人となった辰蔵は料理屋で女中をしているお道に遭遇、申し訳なさから、一両の心づけをわたす。一両は家族が一ヶ月生活できる金額である。辰蔵は十両でも二十両でも差し出したかったが怪しまれてはまずい。お道はその客が父親を殺した張本人であることを知らない。

幾星霜、商家の内儀となったお道は行き倒れの老人の面倒をみる。老人こそ、仕掛人稼業から足を洗った辰蔵だった。煙管師を殺害してから25年が経っていたが、辰蔵は今も煙管師親娘を忘れたことがない。だが、時の流れか、10代のお道と内儀とは結びつかない。辰蔵はお道の娘が浪人どもに陵辱されそうになるところを救い、自らは斬られて死ぬ。

あらすじをはしょって書いたが、前後して読んだ「心にナイフをしのばせて」の少年Aに比べ、なんと救いの感じられることか。辰蔵は生涯自分の犯した罪を忘れてはいなかった。もちろん、これは小説である。しかし、殺人という大罪を犯しながら<なんでおれが謝るんだ>と言い放った元少年A弁護士の胸の内を凡人は推測不可能である。

人の道、因果応報、、、さすが池波正太郎先生、殺人というおぞましい発端から感動のラストまで一気に読ませてもらった。
by omasa-beu | 2006-09-14 16:55 | 映画、TV、本、音楽 | Comments(0)

団塊のぼやき (14)祖母の二十七回忌

今日は祖母の祥月命日。法要は母の七回忌と一緒に済ませたし、お彼岸も近いので、とくに何もしない。お花を替え、お菓子を供えた仏壇の前で私がもそもそと般若心経を読んだだけだ。「お前、下手やな」という声が聴こえてきたが、今は何を言われても腹はたたない。

祖母とは実によく口げんかをした。他人と争うのは苦手だけれど、大体けんかを売ってくるのは祖母の方であり、律儀な私は売られたものは買ってしまうのだ。

ある日、入院中の祖母の元へ行った私に突然怒鳴りだした。大部屋である。他人に聞かせるためにわざと大声を張り上げる。
「お前は30にもなって結婚もせえへんで、、、よう外が歩けるな!」
「そんなにしたかったら、おばあちゃんがしたらええやろ」
私は着替えを祖母に投げつけ、そのまま病室をあとにする。ただ、口は達者でも病人は病人、ほうっておくわけにはゆかないので、妹にバトンタッチする。
「おねえちゃん、怒ってへんかったか?」
言いたいことは絶対がまんできないくせに、妙に気の弱いところのある祖母がおかしかった。

生きていたら104歳。今でも同じセリフを吐いていたに違いない。
by omasa-beu | 2006-09-13 20:51 | 団塊の世代 | Comments(0)

奥野修司「心にナイフをしのばせて」(文藝春秋)

1969年春、高校1年生のKくんが殺される。身体は47ヵ所をめった刺しにされたうえ、頭部が切断されていた。犯人は同級生の少年Aと判明する。

夏の甲子園、三沢高校と松山商業の決勝戦再試合が行われたのと同じ年なのに、私は全く覚えていない。少年事件ということから詳しく報道されていなかったのだろうか。いや、社会のことに無関心だったせいかも知れない。

著者は1997年春の神戸「酒鬼薔薇」事件をきっかけに、それより28年前の本件を知ることになる。その後10年近くをかけての取材をもとにKくん一家の事件後が描かれている。取材にこれだけの年月がかかったということだけでも、事件に向きあいたくないという遺族の衝撃の深さを物語っている。

あんな事件を起こした者が普通の仕事にはつけないと思っていたKくんの母はAが弁護士になっていることを知る。「せめて謝罪を」という手紙をAに送るが返事すらない。思い余って電話をした母は事件から30年を経てはじめてAと言葉を交わす。未だ履行されていない慰謝料につい言及してしまったKくんの母にAは言う。
「少しぐらいなら貸すよ、印鑑証明と印鑑を用意してくれ、五十万くらいなら準備できる。今は忙しいから一週間後に店に持っていくよ」
欲しいのはお金ではなく、謝罪の言葉である。しかし、Aは<なんでおれが謝るんだ>と答える。

Aの弁護士事務所の前にはつつじが植えられている。Kくんが殺されたのはつつじが咲く畑の中だった。遺族は今もつつじを直視できないし、現場を見た関係者もつつじを見たくないという。Aの事件当時の精神鑑定書には、「反省や謝罪を意味する言葉はどこにもない」し、調査官に「自分は将来、Kくんの分とあわせて二人分働く」と語っている。栃木リンチ事件の主犯が「出所後(自分が殺害した)Sくんの分まで幸せに暮らしたい」と法廷で話した言葉を思い出してしまった。

事件からすでに37年が経過している。この間、息子を、兄を失ったKくん一家は地獄の日々を生きてきたのに、AにとってKくんはとうに忘れ去られた存在なのか。「二人分働き」、その一人分を遺族への慰謝料として支払うならまだしも、謝罪の言葉もなく、お金を貸してやるという神経をどう考えればいいのだろう。

たとえ少年であろうと、人の命を奪った者は何らかの形で贖罪の日々を送る人生しか許されないのではないか。本書に書かれた「事実」に割り切れない想いばかりが残ってしまった。
by omasa-beu | 2006-09-11 18:59 | 社会のこと(忘れてはならない) | Comments(4)

なぜ?

久しぶりの青空。今頃せんたくものを干し、こうしてキーボードをたたいている私は究極のダラダラ女か。

昨日は徳山高専の加害者が死体で発見された。一報を聞いた瞬間、胸には重苦しさが落ち、それは今も消えない。この世で解決のつかないことはないとも言うけれど、もう真実はわからない。

昨夜のテレビ朝日「報道ステーション」は加害者の実名・写真入で報道していた。人のよさそうな顔をした男の子がそこにはいた。この子に悪魔がおりたことで、未来を奪われた歩さんの無念、何故、何故、と繰り返しながら、今までとは一変した日々を送らざるをえない被害者と加害者のご両親を思うとやりきれないばかりだ。
by omasa-beu | 2006-09-08 12:43 | 社会のこと(忘れてはならない) | Comments(0)
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♪ ♪ Kim Nam Gil Forever ♪ ♪  韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆映画『ワン・デイ 悲しみが消えるまで』7/29公開


by omasa-beu
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