おまさぼう春夏秋冬

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夏風邪

前記事をアップした直後、突然の悪寒に襲われ、冬用の掛け布団にくるまりながら震え続けることになった。始めての経験なので、肺炎ではないかと想像したりしたが、朝が来るとなんとか震えは治まった。ただ、体のあちこちが痛いうえに、私の弱点である頭痛を誘発し、またも丸一日ベッドのなかという土曜日になってしまった。

子供の頃、風邪をひくと祖母に叱られたものだ。
「薄着するからや」だの「いつまでも起きててさっさと寝えへんからや」だの、風邪を心配してくれるよりも、その原因をこちらの不注意にされるのが常だった。風邪をひくのは自己責任という刷り込まれ方をされてしまったせいか、大人になり、職場で風邪ひきさんに会うと、お見舞いを言うより先に「うつさんといてね」と冗談めかしながら本心を言うイヤミな女になってしまった。インフルエンザにかかりながら出勤してくる同僚を見ると、「迷惑やわあ、休んだらいいのに」とつい陰口をたたいていた。

しょっちゅう頭痛でダウンしている身にとって、「病は気から」と言われることにはどこか不快感をもつことも多いけれど、今回の思いがけない風邪にはそれなりの理由があったような気がする。
by omasa-beu | 2006-07-30 23:17 | ビョーキ(片頭痛、他) | Comments(1)

大西泰斗「ハートで感じる英文法」に学ぶ (4)

夕食前に急に眠くなって1時間ほど寝たのに、夕食後再び2時間ばかり眠ってしまった。このまま目が覚めなかったら楽なんやけど、、、あかん、あかん。お風呂に入ると今度は目がさえて寝付かれない。仕方がないので、録画してあった英文法を見る。

今日の街角のインタビューではmusthave toの使い分けをネイティブに訊いていた。

Q: 下記の状況ではどちらを使いますか?

I must have my hair cut.
I have to have my hair cut.

①会社の上司に言われたとき
②学校の規則があるとき
③髪型が気に入らないとき
④枝毛があることに気づいたとき

数人のネイティブは一様に①②の場合はhave toを選び、③④はmustだった。

Q: 2つの基本的な違いを説明してもらえますか?

男性: have toは誰かに強制されたり、圧力をかけられる場合に使うね。でも、mustは自分自身で必要と感じたとき使うんだ。自分がそうしたいってときにね。

Q: musthave toの違いは何だと思いますか?

女性: mustは自分から出てくる感情よね。私自身が「やらなくちゃ」って思うこと。それに対してhave toは他の何かや誰かが原因となって「やらなくちゃ」ってこと。外からの圧力って感じね。

へええ、そうなんや。ずっと、その時の気分で使い分けていた気がする。こういう違いを学校で習ったっけ?
by omasa-beu | 2006-07-29 02:23 | English | Comments(2)

妹さまさま

この半年で5キロほど体重が落ちた。別に努力して減量したわけではない。気がつくと食事の量が減っていた。

元々、私より10キロばかり軽かった妹も5キロやせて7号サイズが着られるようになった。私はまだまだ11号から13号の間を行き来しているから体重が減っただけでやせたとは言いがたい。

私は毎晩妹の作った料理を食べている。大きな声では言えないが、妹は食に興味がないせいか、必然的に料理も下手、料理らしい料理は作らない、というか作れない。量も少ない。だが、手を出さない以上、私はもちろん、年上の義弟(妹の夫)もオイも黙々と食す。元々細身の義弟はますます食が細くなっているようだ。

五木寛之さんのエッセイ、「新・風に吹かれて」(講談社)の<ままならぬ人の世かな>という章に、十代は腹十分でいいが、その後、二十代は腹九分、三十代は腹八分という具合に十代ごとに一分ずつ減らしてゆき、「七十代では腹四分というのが私の養生法だ」と書かれている。若くて貧しいころにこそ欲しかったお歳暮が経済的に困らなくなってから届くようになったが、、、という文脈に続けて記されていた。

皆がやせてきたことで、栄養失調になっているのではと疑ったりしていたが、妹のお陰で五木さん流の養生法を実践させてもらっているのかも知れない。二十代のオイは外食が多いから外で補っているのだろう。上げ膳で食べさせてもらっているくせに私はなんと感謝の念の薄いことか。自分で作れよという声があちこちから聴こえてきそうだ。
by omasa-beu | 2006-07-28 00:37 | 日々のこと | Comments(3)

観音さま

いつもお邪魔しているブログ「とかくに人の世は・・・」に今年の「宵々山コンサート」のレポートが掲載されている。当日歌われた高石ともやさんの西国巡礼歌に興味を抱いた私に管理人さんがその歌詞を見られるサイトを紹介してくださった。

西国三十三ヶ所を巡りながら作られた高石さんの暖かい詩が魅力的な文字で書かれている。その歌のなかに「観音さま」という言葉が多く使われているのに気づいた。そして西国三十三ヶ所が観音さまをご本尊として信仰しているお寺であることを始めて知った。

毎朝仏壇の前で「観音さま、おはようございます。今朝も無事に起きられました。ありがとうございます」という挨拶で私の一日は始まる。だが、観音さまが「般若心経」の最初に出てくる「観自在菩薩」と同じ仏さまである以外は何も知らない。ただ、観音さまという響きが好きだし、こちらの声が届きそうな気がして勝手に唱えてきた。西国三十三ヶ所のなかには、それとは知らずにお参りしたお寺も何ヶ所かあるけれど、いつか巡礼の旅をしてみたい。ご縁というのはこういうものかも知れない。
by omasa-beu | 2006-07-27 00:45 | 日々のこと | Comments(2)

団塊のぼやき (10) 私が暗い理由

「あのハイテンションはどこへ行ってしまったん?」
妹に言われるまでもなく、数ヶ月前までの元気はつらつリポビタンな私は消えている。毎週、翻訳の課題に向き合うごとに再確認させられる自分の能力のなさが胸の奥深くに少しずつ砒素を呑まされたごとく効いてきたようだ。

30年前、翻訳者への希望は捨てたはずだった。自分の性格や才能を考えると会社員生活の方が向いていると思った。定年まで会社勤めをし、その後は悠々自適の道が待っていた。それが、50代半ばでのリストラで再就職の難しさを体験し、再び、捨てたはずの翻訳に戻ってきた。

再就職探しで自分の無能さを実感したうえに、再度始めた勉強でも擬うつ状態に陥るというバカをやっている。もし、経済的に何ら問題のない暮らしをしているなら、気楽に授業料を払いながら暇つぶしの「生涯教育」とやらを続けられたかも知れない。いや、貯えがあるなら、私は辛気くさい翻訳の勉強などには手を出さず、今日は歌舞伎、明日は韓国へと遊び歩いていただろう。

リストラから丸4年が過ぎ、心の奥底に見えないおりがたまっている。この4年はその前に働いてきた30年よりも重い日々だった。かごのなかで同じ場所を回らされているハムスターのように、私の懲りない人生はいつ終わるのだろう。
by omasa-beu | 2006-07-26 14:34 | 団塊の世代 | Comments(0)

歩け、歩け!

最近歩いていない。長雨のせいもあるが、暑さのなかを歩くのがたまらない。汗をかくと血管が開き、頭痛を誘発する原因となる。怠ける理由を見つけるのは得意のせいか、なんだかんだと言いながら家の中で引きこもり状態である。

頭の血管が開きすぎるのは好まないが、歩いていないために思考まで停止してしまったようだ。季節の風や街角に咲く花々に癒されることもなく、気ばかり滅入ってくる。

今はなき作家の宇野千代さんは、失恋をすると、一番きれいな服を着て外出すると書いていた。そうしたら新しい恋が向こうから歩いてくるそうだ。失恋はともかく、気分を変えるには外に出ることだろう。

♪3歩進んで5歩下るような人生だけど、ともかく歩くしかないか。
by omasa-beu | 2006-07-25 22:04 | 日々のこと | Comments(0)

ICHIRO-MONDOW ~Two Chairs~ 採録 (北村晴男の巻) on よみうりTV 7/22/2006

イチローとゲストの二人による連想問答である。
本日のゲストは、弁護士、北村晴男。2回目の登場である。
一 連想せよ 一
この日のテーマ: 努力        <XXX>内が連想ワード

<汗>
北村: 個人ノック。
イチ: ”汁“って読んだことがある。(笑)
<甲子園>
北村: 明確な目標。
イチ: 悪い夢。
<反復>
北村: 夢があるからできる。
イチ: 正しいことと間違ったことと両方やってしまう可能性を持っていますけれども、まず、やってみること。
<努力>
北村: 喜びに至る道。
イチ: 努力を努力と思っている自分がいたら蹴飛ばしてやりたい。         (問答終了)

イチロー語録
「小さいことを重ねることがとんでもないところに行くただひとつの道」
(2004年10月、258安打記録達成直後の言葉)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

目標や夢、つまり、モチベーションがあってこそ「小さいことを重ねる」ことへの第一歩となる。結果的に努力が出来なかったということは、その対象は自分にとってそれだけの意味しか持っていなかったことになるのか。今の私の夢は死ぬ時が来るまで楽しい日々を送ること。健康で生かせてもらえているだけでも有難い話なのに、足りない面ばかりを追い求めている。もうポーズだけの人生はやめて、本来の性質である怠惰を素直に認めればいいのだ。自分の“分”を知ることも大事なような気がする。
by omasa-beu | 2006-07-23 18:49 | ICHIRO-MONDOW | Comments(0)

認知症母殺害事件判決

4年前に突然のリストラに遭遇した時、唯一良かったと思えたのが、母がすでに亡くなっていたことだ。年老いた母に生活の心配をさせるのは忍びないし、親の治療費は生活を圧迫してくるだろう。「金のないのは首のないのと同じ」とは、祖母がいつも言っていた言葉だが、まさしく、お金がなくては生きてはゆけない。

殺人によい殺人も悪い殺人もないけれど、今回の被告にはやはり同情の念を禁じえない。10年以上にもわたり一人で介護をしてきた大好きなお母さんを自分の手で殺めざるを得なかった被告と納得して亡くなって行ったお母さんの気持ちを想うと涙が流れてしようがない。同じ京都で同世代の男性がこんなに切羽詰っていた現実を考えると、余計に切なくさせられる。

常々、殺害事件の判決が下りるたびに、その量刑の軽さにカリカリきたものだが、今回ばかりは納得せざるを得ない。今後は自分の人生を大事に生きて行ってほしい。なんて偉そうなことを言えるようなりっぱな生き方はしてないなあ、私は。ただ、ただ、亡くなられたお母さまのご冥福をお祈りいたします。
by omasa-beu | 2006-07-22 20:29 | 社会のこと(忘れてはならない) | Comments(2)

明日は晴れるかな?

毎日更新していたブログですけど、いったん休むとダメですねえ。イケズの友達には3日更新してなかったら死んだと思ってなんてメールしたものの、1週間更新しなくっても、多分生きてます。

明後日提出の翻訳課題を今日の昼から始めたのはいいけど、やり出すと止まらないから肩がコリコリです。中学時代、めちゃめちゃがり勉なのに成績の悪い子がいました。最近の私、その子のことをやたら思い出します。
by omasa-beu | 2006-07-21 01:27 | 日々のこと | Comments(2)

日本映画「日本沈没」

書店やテレビで繰り返し流されていた主題歌に惹かれて観に行ったようなものだ。始めて聴いたとき、歌手の名前を知りたくて、書店の店員さんに尋ねたくらいだ。久保田利伸とユニットを組むSunMinという韓国の新人歌手の伸びやかで情感溢れる歌唱に魅了されてしまった。

CGとはいえ、さすがに日本列島が次々と壊れて行く有様には気が重くなった。わが故郷も大阪・道頓堀のグリコの大看板も水中に沈んでしまった。「タワリング・インフェルノ」や「ポセイドン・アドベンチュア」などのアメリカ映画では、危機に際して、人は自分にとって、何が、誰が大切なのかを改めて見直すというのがひとつのテーマになっていたと思うが、この映画では、地震の規模があまりにも大きすぎて、人と人との想いが十分描き切れていないように感じさせられた。だが、誰かが書いていたように、人は自分にとって都合のよい情報しかインプットしないものだ。

「逃げるか?残るか?」・・・海外へと脱出する人々、海の底に沈もうとも愛した人の思い出のある土地に残る道を選ぶ人、、、映画を観ながら、私はそのことだけを考えていた。愛する家族のある者なら、何処に住もうとも生きる道を選ぶだろう。今の私には決められない。ただ、愛する者を守ろうとする草彅剛のセリフだけが心に残った。

「ぼくは今まで好きなことだけをしてきました。そして、今しなければならないことがわかったのです」*

*) 映画のセリフというより、私の記憶に残っているセリフです。
by omasa-beu | 2006-07-19 23:33 | 映画、TV、本、音楽 | Comments(2)
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♪ ♪ Kim Nam Gil Forever ♪ ♪  韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆映画『ワン・デイ 悲しみが消えるまで』公開中!!


by omasa-beu
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