北林谷栄さんと「阿弥陀堂だより」
2007年 04月 02日
信州の山中に立つ小さな阿弥陀堂の質素な美しさ。お堂の正面の障子を開けると目に飛び込んでくる山裾の畑や田んぼ。その向こうに広がる山々の連なり。おそらく何日見ていても見飽きないようなパノラマである。四季折々の映像が素晴らしく、現代の日本ではないような思いにさせられる。
村の人間が亡くなると、その名前を書いた小さな木札が阿弥陀堂の壁に祀られる。北林さんは、女優ではなく、96歳のおうめ婆さんとして、長年、阿弥陀さまと村のご先祖さまのお守りをしてきたかのように景色に溶け合っていた。映画の撮影時で90歳。鬼平・お熊婆さんの軽妙な江戸弁や物腰といい、その存在感は独特のものだ。
おうめ婆さんの言葉が村の広報誌に「阿弥陀堂だより」として毎月掲載されている。4,50年もの間、阿弥陀堂からの眺めだけを見ながら暮らしてきたおうめさんの一言一言は余計なものがそぎ落とされている。身体を動かさず、へ理屈ばかり考えている私に大事なことを教えてくれているようだ。
広報誌<阿弥陀堂だより>の中から好きな一節を引用したい。
<食って寝て耕して、それ以外のときは念仏を唱えています。念仏を唱えれば大往生ができるからではなく、唱えずにはいられないから唱えるのです。
もっと若かった頃はこれも役目と割り切って唱えていたのですが、最近では念仏を唱えない一日は考えられなくなりました。子供の頃に聞いた子守唄のように、念仏が体の中にすっぽり入ってきます。> 南木佳士「阿弥陀堂だより」(文春文庫)