「京都うた紀行 歌人夫婦、最後の旅」河野裕子・永田和宏(文春文庫)

日が暮れるのが遅くなってきました。それだけで嬉しくて心が軽くなってくるようです。いつもなら、北野の天神さんの梅見に出かけたいところですが、天神さんの鳥居まで、健康なときでも25分かかる距離を歩く自信がまだありません。もうすこし暖かくなってから、埼玉への足慣らしとして、歩いてみようと考えています。それまでは、ひたすら、筋トレの日々。

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さて、最近読んだ表題の本ですが、ありきたりの京都に飽きてきた方には格好のガイドブックかも知れません。京都新聞に連載された「歌枕」の連載50回が一冊の本になりました。歌枕というのは、河野裕子さんの「はじめに」によると、<その地を冠して詠まれた古歌およびその場所をさす。今回は、古歌ではなく、近代および現代短歌からピックアップした京都と滋賀の歌枕の地を、永田和宏と一緒に訪ねて歩くことになった>とのこと。わが家は京都新聞を購読しているので、この連載は何気に眼にしていたとは思うのですが、短歌に興味がなく、夫妻のことも存じ上げなかったような気がします。知ったのは、河野さんが亡くなられ、夫の永田和宏さんによる「家族の歌」という本が出版されたり、NHKEテレでもドキュメントになったりしたのを観てからだと思われます。にわかファンになったように、「家族の歌」をはじめ、「たとえば君」(河野裕子・永田和宏)、「もうすぐ夏至だ」(永田和宏)、「たったこれだけの家族」(河野裕子)などをバタバタと読んだものです。


永田先生は、私が私学の留学生寮で働いていた頃、京都大学を退任後、その私学で教鞭をとっておられたという薄いご縁から勝手に身近に感じていたということもあります。海外に出たとき、京都から来たと話すと、京都の何何さんを知っているかと訊かれたことがありますが、その程度の身近さといいますか(笑)。


永田先生が受け入れ予定の留学生のために寮の下見に来館された折には、「家族の歌」にご署名をいただくなど、ミーハー読者ぶりを発揮してしまいました。あとで冷静になってみると、夫人である河野さんの最期の日々を記した著書に軽々しく署名をお願いするなど、なんと恥ずかしい行為だったかと、自分の軽薄ぶりを反省しきりでした。


洛中、洛東、洛北、洛西・洛南、滋賀と大きく分けられた章のなかに、さらに、何か所かの地名や史跡が取り上げられており、最初にその地名を詠んだ歌が挙げられ、その歌とその地とのかかわりや著者の思いが綴られています。そして、永田さん、あるいは、河野さんの歌で締めくくられるという趣向。


歌は、百人一首ですら馴染めがないというお粗末さですが、夫妻の本で知り得た歌の数々は、ともかく、声に出して読んでみます。たった31文字の中に眼の前の情景や心象が描写された作品は何という心地よいリズムを刻んでいることでしょう。まして、歌枕の多くが馴染みの場所であるだけに、懐かしさを覚えるものがあります。


いつ来ても光も音もひそかなり寺町二条三月書房 (辻 喜夫) 歌枕:三月書房


私の祖父の実家は寺町二条にありましたが、祖父は長男でありながら放蕩がたたって家を出された後、今暮らしている中京の西のはずれに落ち着いたという経緯があります。この歌の歌枕は三月書房という本屋さんですが、私にとっての「寺町二条」という地名は行ったことも見たこともない祖父の生家を思い起こさせられるものです。


逢ふ前のとほき祭日あかねさす天満宮に絵馬をかけたり (澤村斉美) 歌枕:北野天満宮


天満宮とは、膝を痛める前によく通っていた北野天満宮、天神さんのことです。ここ数年、絵馬の一枚には必ずキム・ナムギルさんの成功を祈る文句をしたためたものです。今年の初詣は行けなかったので絵馬もパス。来年こそは!


南座の顔見世興行仁左衛門三浦屋の場にただただ茫然 (春木麗子) 歌枕:南座


歌舞伎好きにとって、贔屓の役者さんは違っても思いは同じでしょう。茫然となったり、喝采したり。


かにかくに祇園はこひし寝るときも枕の下を水のながるる (吉井 勇) 歌枕:祇園


短歌に縁のない私も、さすがにこの歌は聞き覚えがあります。ギルペンでもある祇園のダイニングバーのママのお店を少し北に上がると白川にかかる辰巳橋にぶちあたります。このあたりを歩くと、吉井勇の歌がほんまやと実感されるようです。ちなみに、この歌の歌碑が白川沿いに建立されています。


清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢う人みなうつくしき (与謝野晶子) 歌枕:清水


この歌も有名ですね。覚えてないけど、学校の教科書にも載っていたのでしょうか。八坂神社を通り抜けて歩く清水への道は多くの人が体験していることですね。この季節の色彩と匂いが蘇ってきます。


毎日が休暇のようだ 鴨川の流れる町に大学はある (永田 紅) 歌枕:出町柳


鴨川(賀茂川)はどこから見てもいい。とくに、鴨川の上にかかる橋の上から(どの橋でもいいのですが)北を眺めていると飽きないものです。私の大学も鴨川の流れる町のすぐ近くにありましたが、その頃は、まさに休暇のような日々。そして、今も(笑)。歌の真ん中にスペースが開いているのが、いかにも、休憩しているような面白さがあります。


階段を二段跳びして上がりゆく待ち合わせのなき北大路駅 (梅内美華子) 歌枕:北大路駅


最後の職場となった大学に通うために必ず昇り降りした北大路駅の階段。行きが昇りでしたが、<「階段を二段跳びして上がりゆく」というこの若さの躍動感。>と河野さんが書いているように、還暦を過ぎたばかりの私はふっと息を整えないと上がれない階段だったのを思い出します。


夫妻は、50回の連載で歌枕として詠まれた土地にすべて足を運んだと巻末の対談で語っています。そして、「歌があるから場所に意味があるのだというのを実感した」という永田先生の言葉に共感するところが多いです。これって、われら韓流ファンが、好きな俳優が出演したドラマや映画のロケ地を訪ねる気持ちに通じていませんか。俳優が実際に演じていた場所に立ち、同じ空気を共有したいという思い。歌人たちからは「いや、違う」という声が飛んでくるかも知れませんが、深いところでは、共通した想いのように感じられます。


京都の梅や桜を探して歩くのも楽しいものですが、この文庫本を片手に、あまり馴染みのなかった京都や滋賀の歌枕を道しるべとして旅をするのも一興かも知れません。



Commented at 2017-02-25 00:55 x
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Commented by omasa-beu at 2017-02-25 11:39
鍵コメさま、こんにちは。

コメントをありがとうございます。
短歌は私にとってもハードルが高いジャンルですし、まして、眼にしたものを31文字におさめようとしても、空回りしてばかりですが、鍵コメさまの今の想いを素直に表現されている一首を嬉しく拝見しました。鍵コメさまだけでなく、ギルペンに共通する想いでもありますね。
Commented at 2017-02-25 19:23 x
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Commented by omasa-beu at 2017-02-25 22:59
鍵コメさま、こんばんは。

コメントをありがとうございます。
京都に縁が多くていらしたんですね。鍵コメさまの方が京都は詳しいかも知れませんね。地元の人間は結構いろいろと知らないもんですから。

歩行が不自由になって以来、街中に出ることは少なくなりましたが、今夜は、かつての同僚で、もう付き合いが30年以上にもなる友人たちに誕生日を祝ってもらってきました(誕生日はもう過ぎていますが)。木屋町あたりを歩いていると、すでに、もうすぐ春という匂いが感じられて気持ちが華やいできます。木屋町通は桜が素晴らしいので、咲く頃には、そぞろ歩きができるようになりたいです。また、元通りになれば、あちこちの写真をアップしたいと思いますので、ご覧いただければ嬉しいです。お気遣い、ありがとうございます。

北山さんは、私も好きでしたよ。懐かしい名前です。思えば、遠くまで来たもんです(笑)
Commented at 2017-02-26 03:24 x
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Commented by omasa-beu at 2017-02-26 11:12
お二方ともに、誕生月に入会されたんですか? 私の更新月は秋ですが、そう言えば、今回、何か、送られてきたっけな⁉︎ この半年、膝関節症のリハビリで心が占められていたせいか、気にかけてませんでした。ギルボッに問い合わせされれば、何らかの返答はあると思いますが。
Commented by すみれ at 2017-02-28 00:15 x

夕日の沈む時刻を 毎日確認しながら、春を待っています(*^^*)

きずけば、去年の11月から、本らしき本は読んでいません。
素敵な本を教えていただいて ありがとうございます。

高校生の時の、現代国語の先生が思い出されます。
短歌の授業時、ひとつ詠むごとに、ひとり余韻に浸り、窓の外を眺め しばらく沈黙してから、いいですね〜〜と !
あまり説明もなく・・
首の角度が印象に残っています。
今 思うと素敵な指導だったな〜と、年をとってきて より感じます。
でも、私が学んだのは、ぼーっとするコツみたいです(笑)
窓から、百日紅の木ばかり見てましたから^^;
Commented by omasa-beu at 2017-02-28 11:50
すみれさま、あんにょん!

毎日、夕陽が沈む情景を眺められる環境が素晴らしいです。でも、街中にいても、春がそこまで来ているのは、空の色、空気の匂いなどから感じられます。心躍る季節ですね。

ブログをやり始めて10余年になりますが、いつも同じ表現しか書けない自分がいやで、今年の目標のひとつが、一日に一ページでもいいから本を読むことなんです。今のところ、すでに読めない日もあるというお粗末さですが、文章がどうのこうのという以前に、本を読んでいると、自分の狭い世界が少しは広がるような気がしてきます。

すみれちゃんは、万年少女のような雰囲気をお持ちだし(褒め言葉ですよ、笑)、百日紅を見ている少女すみれが眼に浮かぶようです。

私の場合、短歌だったか、俳句だったか忘れましたけど、中一の国語の時間につくった句に「死んだ姉を思い出す」という嘘を書いて叱られた経験があります。あれで、私の創作の芽をつぶされました(爆)
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by omasa-beu | 2017-02-24 22:15 | 映画、TV、本、音楽 | Comments(8)

終活しなくちゃと思いながら毎日をだらしなく送っている団塊の世代です。写真は、ドラマ『子連れ狼』(北大路欣也さん版)の大五郎(小林翼さん)。私の癒しです。スカパー「時代劇専門チャンネル」のTV画面から撮影。問題でしたらお知らせください。


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