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[ロングインタビュー]映画『パンドラ』キム・ナムギル「方言-15分の演技」

明日は、いよいよ、『パンドラ』のプレミアム試写会ですね。ご参加のみなさまほどではなくても、なにか、ドキドキ感が伝染してきます。

今回の広報では、ナムギルさんのインタビューがそれぞれに読みごたえがあり、撮影時や現在の彼の考えや思いに多少でも触れられることが嬉しいです。翻訳機訳で読み流す場合も多いですが、きちんと読んでみたいと思うインタビューは時間をかけて単語を調べたりしています。

次のインタビューは、ナムギルさんが私たちの前から消えているときの撮影所で苦闘している姿の一端が伺えます。意味がはっきりととれなくてぎこちない日本語になっている箇所もあります。どうか、意味を察しながらお読みいただけると幸いです。間違いはご指摘いただけると、今後のためにも、有難く存じます。

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『パンドラ』キム・ナムギル

「方言-15分の演技、放棄したいほど大変な映画でした」[インタビュー]


http://chicnewsm.mk.co.kr/article.php?aid=1480554890128151012


[シックニュース チェ・ジョンウン記者]「素朴に見せようと体重を増やしました。被爆した時の苦しくて腫れている感じを見せようとしたこともあります」


映画よりも多少ほっそりとした姿で現れた俳優キム・ナムギル(37)は、映画撮影当時、体重を増やした理由を説明した。


30日午後、ソウル鍾路区ソギョッドン某所でキム・ナムギルに会って『パンドラ』(監督パク・ジョンウ、製作CACエンターテイメント)をテーマに語り合った。映画を観た後、彼はもっとよくできたのではないかという思いに残念がる姿を見せた。


「時間が経って残念な部分がさらに多かったりもするし(映画が)長くはないかという気もするし。すごく長いわけではないのに、ぼくが映画を撮ったので、わかっているからか、次に移ればいいのにと思うこともあり(流れを)追っている途中で(待っているシーンが)いつ出てくるのかというのもあった。情報なしに観る観客の場合、ちゃんとついていけないんじゃないかと思う」


マスコミ試写会後に行われた記者会見同様、ずっと自分の演技についてもっとうまくできたのではないかという口惜しさを表す彼に、逆に、満足した部分について訊いた。


「原子力発電所の爆発シーンで、事故が起きた時、原子炉CG(コンピュータグラフィックス)などの編集前に(演技)したので、どんなふうに出てくるかと思った。原子力発電所のセットをある程度建て、上から覆って作ったものだが、うまくできたと思う。避難状況を表現するときも、撮影補助スタッフたちが大変苦労していた。数回走った後に貼りつけるんだ。ぼくも現場で見てきたが、そうやって撮影されたものが大きなスケールとなって出てきたようだ。」


『パンドラ』は、原発事故を扱った災難映画だ。劇中、災害を前に右往左往する無能な政府の姿を果敢に描写した。これは現在の時局に連なる部分がある。キム・ナムギルは映画が現時局を広報の手段として活用して欲しくないという考えを明らかにした。最近、国内で起こった地震と関連しても慎重だった。ただし、映画を通して安全不感症に対する警戒心を引き起こし、万一の悲劇的状況に対する対策づくりの重要性を映画を通して伝えようとする核心内容として挙げた。


「映画的な感じで観てくれるのではなく時局と結びつけて観てくれるので負担に感じたりもするし、現状に合わせて個人的に広報に活用したくない。今だけでなく、4年前に監督がシナリオを書いた時も、災害やコントロールタワーの問題は、世界的にずっとあったことなので、観客は疲労感があるのではないかと思う。 (映画を)作った当時、地震について、わが国は安全地帯と安易に考えていた。日本の原発事故は他の国の話だと思っていたが、しばらく前に地震が起こったときにもこの時期に公開するのがふさわしいかと疑問に思った。ソウルにいらっしゃる方たちも直接間接的に感じた方がいるが、その場にいた方たちは、もしかしたら、トラウマになっていないか心配だ。俳優が公開時期を決定することはできないが、とにかく、安全不感症に対する警戒心を呼び起こしたい監督のメッセージがあった。単に<怖い>より<準備をしよう>に焦点が合わせられなければならない」


映画の中で最後に災害を解決する方法は、結局、「義兵の精神」である。犠牲となる個人を生んだのは、最終的に国家ではなく、「家族への愛」だった。ご大層な何かを語る国ではなく、家族を救おうとする純粋で本能的な国民個人の思いである。キム・ナムギルは大層な英雄ではなく、家族を大切にする個人の姿を見せようとした。


「期待心理があったのは、市民として問題があったとき、システムがあってほしいのだ。だから公権力があるのだろうし。 「アルマゲドン」韓国版かと言いたかったが、現実的に話したかったことは、ハリウッド映画では人物が(親指を上に向けて)クールに犠牲になるとするなら、わが国の場合、実際に現実が近づいた時そうすることができる人が誰かいるだろうか。どこかのある国を名指ししなくても、ある瞬間からは、誰かに従って法的制度で守るのではなく家族を守るという考えである。映画の中にも「事故は自分たちが(政府が)起こし、国民がまた収拾する」という言葉が出てくる。 「また」と言ったとき、英雄譚ではないと考えていた。そうやって英雄化されるのは、世界を救うという途方もないことではなく、家族のためのものだ。大げさに見えないようにしようとした。そんなことを撮りながらも、監督と<話があまりにも多い>と話したが、実際、その閉鎖的な場所に独りぼっちでいた時、人間の本能とすることもあり、<ツンデレ>あるいは世間知らずの末の息子とも言えるが、英雄化されるように見えないようにしたいというのがあった」


彼は最近の国内の地震と関連、映画だけのものと思われていた事が実際に起きると、公開の時期についての心配もしたと明らかにした。


「すごく心配した。何が現実なのか区別できない社会を生きていても、制度的に過渡期の中で見直されることができると思った。自然災害はぼくたちが何とかできるものではない。映画は仮想現実と考えて撮ったが、地震をぼくも経験し怖いと思った。公開するのが正しいという気もしたし、釜山の海の映像もまた海雲台だ。安全に備える必要があるという考えにすごく怖くなった」


今回の映画には、われこそはというベテラン俳優たちが大挙出演した。そうそうたる先輩演技者たちと呼吸を合わせたことについて、キム・ナムギルは感謝の気持ちを表すと同時に、現場で交感する難しさがあったという事実にもまた言及しつつ、結果に対する満足感を表した。


「長い経験とノウハウを身につけた先輩たちの演技や映画的なもの、社会的メッセージ、政治問題などを聞いたとき、ぼくたちはよく分からないものがある。世代的な共通点がある部分もあるが、その方たちが生きてきた時間がある。現場で一緒にすることだけでも、感謝するものがある。現場では相手俳優と配慮し気を遣う時間がなかった。みんなマスクをしていて台詞が聞こえない場合もあった。体力、台詞、呼吸が大変で、交感できるか心配した。ぼくだけでなく、ベテランの先輩たちも心配していたが、撮影した時よりもスクリーンに転送され、共有されたのがよく合っていてよかったと思う」


生粋のソウルっ子である彼は、慶尚道(キョンサンド)なまりで演技しなければならなかったことに対する難しさを打ち明けた。


「(監督に)<方言を使わないのはどうか>と提案した。ベテランの先輩たちも、その地域が故郷の方々でなければ流暢に駆使するのは難しいことだ。方言は実際に使うと一番上達すると言われ、演劇をしている方と一緒に海雲台へ行った。タクシーに乗って「海雲台へ行きましょう」と方言で話してるのに、「ソウルから来られたみたいで」とにっと笑ってた。完璧な方言を駆使するのは意欲を超えた野心ですよ。慶尚道の中でも地域が多く、地域ごとに少しずつ抑揚が違う。撮影するとき、抑揚に合わせて首を動かしたので監督に指摘された。6ヶ月の間撮影しながら慣れた頃に映画が終わった。後に、『殺人者の記憶法』の撮影現場で、方言が少しずつにじみ出る時があったが、完全に捨てられなかったのだ。釜山の人がソウルに長くいて残っている感じみたいだ」


劇中、能力はあるが実益を取る首相と、同じく能力はあるが活躍できない大統領をそれぞれ演じたイ・ギョンヨン、キム・ミョンミンに対する彼の考えも聞いてみた。


「陜川(ハプチョン)に青瓦台セットを建てたところがある。今回、すべての撮影現場にもれなく行ったが青瓦台だけ行けなかった。(『無頼漢 渇いた罪』のために)カンヌに行った時期だった。撮影分量を終わらせて行ったが、イ・ギョンヨン先輩が<撮影現場には全部行くと言ってたのに、青瓦台の現場には現れなかった。と<口だけだった>と言った。(笑)現場に行かなかったので、劇場で青瓦台のシーンを初めて観た。中間編集本を見た時は加えたものも多かった。今の時局がなくても、ドラマ自体が現実的で面白い。ぼくが多くのキャラクターを見せてあげられなくて選択したこともあり、4年後、このようなことがあるだろうという考えで企画したわけではない。現在の時局の話は全く知らない状態で書かれたことだったし、映画は、安全不感症についての話だ」


二人の俳優が演じた映画の中、首相と大統領についても彼は慎重に自分の考えを述べた。


「あえて、後輩の立場から申し上げるんだが、ギョンヨン兄が演じた首相の役は大統領選の候補だったが現大統領(キム・ミョンミン)に負けたのだ。それで、その席について<お前は国政運営能力がない>と二人がぶつかり合って戦うことが多かった。そんな欲望を持った人物だ。一言一句の内容がカットされたと聞いた。数字を離れ、自分が保護しようとする欲望を首相がよく表現したと思う。ハリウッド映画では大統領を英雄化する。監督も悩んだし、キム・ミョンミン兄は大統領が何か気が重くて表現が慎重になるということだった。序盤、無能力だったが、覚醒し、よくなる姿を表現しようとしたと聞いた」


パク・ジョンウ監督との作業については、直接、演出も行う俳優として多くの共感を持っていることを明らかにし、監督との親しい姿も伝えた。


「冗談半分だが、監督はモニターに座っている方ではない。監督は走り回っているので、監督の椅子に座って見るのが権威に挑戦するみたいだったのに、今はサングラスをかけ、腕組みをして、さっさと入れとか出ろとか、いたずらをしていた。演出をしてみて感じるのは、監督がどれだけ多くのことを考えて頭がはちきれそうになっているのかに気がついた。俳優は感性を表現する職業なので、監督がぼくを説得し、ぼくはそれを感じなければならない。監督もいろいろで、自身のミジャンセン(注: フランス語で演出法のような意味)を持っている監督もあり、撮影しながら出てくるものを作りだしながら演出する監督もいる。パク・ジョンウ監督はちょうど中間である。以前であれば、監督が撮影に入らないとき<何を悩んでるのか>と思ったけど、今では監督が解決できない部分があるとするなら、待ってあげようとする。その立場になって見てから、その立場について感じたようだ。それぞれの立場ですることがあり、ぼくは演技をまっすぐにしようと考えるとか、感じるものが多い」


方言に関する大変さも話していたが、彼が今回映画を撮りながら直面した最も大変な瞬間は別にあった。彼はその瞬間を負担感のために逃げ出したかったほどだと表現した。


最後のシーンが一番大変だった。俳優がシナリオを見た時、欲が出る一つ二つのシーンを持って(選択する場合があるが)もちろん、基本的なストーリーが重要だが、最後の重要な場面に意欲が湧いてこの映画を選択した。順番に撮影して一番最後なら先だと思った。負担にもなるが安心していたのに、スタッフがぼくに<ここがよかったら、メッセージ伝達がうまくいくだろうし、そうでなければ、ただの災難映画ということ>と言った。告祀(コサ)の時、酒の席でその話をすると、先の話と<承知していた>のに、時間が近づくにつれ、逃げたいという気がすごくした」


最も重要な場面は俳優やスタッフにとって撮影がいちばん大変な場面でもあった。


「テイクを三回行った。それなりの準備をしようと酒も一杯飲んで、一日中待って撮ったんだけど、本物のその状況で閉じ込められていたらどうかを真剣に深く悩んだ。動画を見つけて感情を上げておいたりした。それから、撮影をしに行くのだが、俳優もそうだがスタッフも描写する絵がまちまちで、そこに対する期待値が目に見える。そこに対する圧迫があったが、現場の準備が不十分で感情が落ちた。そのようなことはあまりないのに、劇的に一度撮ってしまうとぐんと下がったのが上がってこなくて、そうしてから様子が見え始めた。撮って(スタッフの)表情を見ると、いいとかだめとかが出てくるが、みんな二日前からご飯を食べられなくて準備したわけではないのに、どうだったかと表情で聞くと、視線を避け、よそでタバコを吸っていたりした。体力が落ちていて、二回ほどやってから、実際、すごく放棄したかった。そんなことは今回が初めてだった。 <現場も不十分で、ぼくも準備ができていないところがある>と字幕を上げるかという気になるほど、ぼくが持っているものはぼくがわかっているので、ぼくは泣きながら悔しがって、自分が持つ能力ではよく出きないからと泣きながら「監督、申し訳ありません。ぼくは自分をわかっているが、ソウルっ子の方言ではこれが最良です。これ以上出せるものはないようです」と話した。すると<分かった>と行ってしまった。 5分もしないうちに戻って来て、残念なら、もう一度やろうと言った」


放棄したいほど大変なシーンを撮影した当時を回想していた彼は、当時最善を尽くしたが、もっとよくできていたらという口惜しさと俳優としての意欲を隠せなかった。


「据え付けて撮ることが多かった。撮るだけ撮って、最後にもう一度行ってみようしたが、すでに体力が底をついてみると、スタッフはサウンドや扮装などを準備をしているのに、閉所恐怖症のようなものが起こってきそうな感じだった。ぼくが我慢できずに身体をぶるぶると震わせると撮影が終わった。大丈夫かと思うのに話す元気もなく、監督も、いつもリアリスティックなことを話していたから、死ぬ前、こんな気分ではないかと思ったが、俳優もスタッフも満足しながら、これにしようと言った。セリフが長い。ぼくは一人で15分の間、そのシーンを演じた。 (映画は)123回目をミックスして作っていた。退屈しないように持っていこうとしていたが、ミックスして作られていたのがちょっと残念だ。 <前を減らして、15分全部行こう>と言ったら、監督が<それほど上手ではなかった>と言っていた。 (笑)昨日(試写会を通じて映画を)観ながら、個人的にその時もうちょっと上手だったら、今よりも力量があればという口惜しさが残った」


俳優たちは、相手を見ずに演技するというのが難しいと言う。相手の演技を見て感情を共有し、互いに適切にトーンを調整できるからである。ジェヒョク(キム・ナムギル)がソク夫人(キム・ヨンエ)、チョンヘ(ムン・ジョンヒ)、ヨンジュ(キム・ジュヒョン)の顔を見ていない状態で話をする場面を撮影しながら、彼は実際、三人の顔に直接向き合わないで感情演技をする状況に置かれた。


「ぼくは最初から見られず、あの方たちが映像を見て演技するようにしようとした。スケジュールが合わず、それから撮ったが、ぼくが簡易扮装をして、一度そうしてさしあげた。それを見ながら、お三方が演技された。一度そのようにすると、ぼくは、あの時、感情を考えてそのように「ふり」をしようとしていた。一度そのように来た感情が来ないから。観客は退屈してはいけないし、感情は伝えなければならず、そんなことのために台詞をすばやく言うと、みんな死んで行くのに言葉を早く言うのは(変だった)。いろいろと考えることが多かったが、その情緒上、取り残されないようにすることはできなかった」


恋人として呼吸を合わせた新鋭のキム・ジュヒョンについては、未熟なところを互いに補えるだろうと思ったと伝えた。


「経験が多くはないのに、監督が頑なにキャスティングした。ぼくが一人で引っ張っていくわけではないが、様々な俳優たちが引っ張っていくロール自体が大きな担当をするのに、監督はどうしたらいいかとそれとなく聞いていた。その後輩が経験的に未熟なのは、ぼくが補えばいいし、ぼくが足りないところは、その後輩が補えばいいと思った。その後輩は大変苦労していた。バス1種免許も直接取った。監督が現場で悪口をいっぱい言って情感をなくさせた。人々が数字を作ってあげたり、スタッフがその数字の立て札を上げると、監督が「わかった」と言った。監督が選んで信じていることがあるので、ジュヒョンという後輩にさらにスパルタ式でやった。電話通話の場面も現場に来て直接やってくれるよう望んでいたが、よくやってくれた」


ともに出演したキム・デミョンとは同い年だ。共通点が多い彼と多くの話を語り合いながら親交を深めた。


「年齢も同い年であり、話をすると共通点が多かった。『未生(ミセン)』でホットな時に来たので、『未生』を観ながら、ぼくもやってみたいと思った。ドラマは現実的なものよりもメロに多く行くので(『未生』を通して)、その職業群の話を間接的経験に得て演技の話を交わすことが多い。年齢、環境などの共通点が多く、話をたくさんした。ぼくは撮影が残っているのに帰るので「どこに行くのか」と訊くと、イム・シワンファンミーティングに招待されたと。現場に遊びに来てと言ったんだけど、来なかったな。ファン・ジョンミン兄がちょうど釜山で『華麗なるリベンジ』を撮っていたので、現場に来て、<ファイティン>をして行った」


映画がもどかしく近づいてくることについて、彼は、平凡な国民の姿を込めたことに理由を求めた。


「台詞がよくて、むっとすることよりは復旧組が入る前から何故ぼくたちが入らねばならないのか(を語るとき)、実際、今までこうやって生きてきたことについて、今のぼくたちの話を代弁するように思った」


最後に、彼は、自分が過去にロールモデルにした俳優たちに言及しながら構築してきたイメージを説明した。前作を通じてそのようなイメージから脱し、変化した姿を見せた彼は今回の映画を通して、また別の新たな姿を見せる予定だ。


「若い頃からロールモデルが明確だ。イメージを一つ構築するのが良いと思って、トニー・レオンをロールモデルとした。演技するところを見ると、<偉仔(ワイジャイ)>というニックネームを持つトニー・レオンは、微かながらも退廃的な面が共存している。そのようなイメージを構築しようという考えがあった。それは危険かもしれないし、長所にもなりうるが、スタートする立場では、イメージの構築が必要だった。周辺の方たちは、「キム・ナムギルの姿そのままだ」と言っても、観客はぼくの姿がぎこちなくても、「こんな姿があるのね」としたのが『海賊』だった。『パンドラ』は方言を話す役であり、世間知らずの青年と乖離感がありうるので心配はある。方言を完璧に話してはいないが、方言を上手く話すことの心配よりも、方言を使うぼくの姿そのものを観客がぎこちなくて受け入れることができないかが心配だ」

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by omasa-beu | 2016-12-03 14:38 | 映画 パンドラ | Comments(2)
Commented by サハラ at 2016-12-03 23:34 x
おまさぼうさま、こんばんは。

鬼平を鑑賞された後とお聞きして、たいそうお疲れのことだと思いますが、記事の翻訳ありがとうございます。

当初の記者会見などでは、ジャージ、方言の件など笑いを交えてのお話が多かったように思いますが、
個別のインタビューともなると、深い内容にもなってきていて、興味深く読ませて頂きました。

「アルマゲドン」のテーマ曲とともに、そのストーリーを思い浮かべていたのですが、
描かれようがハリウッドと違うからこそ、余計に、なんとなく、すでに泣きそうになってきたりもしています。

観るのはキツイのかな、でも、ナムギルさんの演技はきちんと見届けたくなるインタビューですね。


さきほど、鬼平ファイナルも見届けました。
これで、あのエンディングを観るのも最後かなと寂しく・・・
再放送とかでも観れますが(笑)

そして、「いいね」ありがとうございます。
あちらにもブログを書かれていた時期がおありでしたか!
また、読ませて頂きます。楽しみが増えました♪
Commented by omasa-beu at 2016-12-04 11:27
サハラさま、あんにょん!

鬼平鑑賞はちっとも疲れませんが、この記事はさすがに疲れました。3日ほどかかったけど(ずっとやっている訳ではないですが、言い訳)、その割に意味がよくわからない箇所があるので申し訳ないです。でも、コメントを入れてくださると疲れが和らぎます。ありがとうございます。

アルマゲドンは観てないので連想することはないですが、あれって、原爆の話だったんですか。でも、ナムギルさんが言っているように、ハリウッド映画ですから、テイストは全然違うんでしょうね。

鬼平FINALの感想は追記に書きますね。

アメブロの方は、やはり、あちらでしたか。読み返してみると、なるほど、コメントでお話してくださってたことと符合するので、私の勘の悪さを改めて実感しています(苦笑)。こちらのブログはアニメーション動画をアップできなかったので、あちらも始めたんですけど、ひとつでもなかなか更新できないので、休止状態です。
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♪ ♪ Kim Nam Gil Forever ♪ ♪  韓国の俳優キム・ナムギルさんが好きです☆


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